軽い帰り道
エルナは、俺が旅の話をするより先に、荷の大きさを見た。
「そんなに持っていくの」
「見本と道具。あと、替えの服」
「服、全部?」
「全部じゃないよ」
一枚残してある。嘘をつかずに済む、よい配分だった。
彼女は俺の部屋の窓を開け、修復中の紙を乾かす板へ掛けた。午後の風が入り、乾いた草と土の匂いがした。青灰色の小鉢は、棚の低い所に収まっている。中には、果物の代わりに彼女の髪を結ぶ紐が入っていた。
「私は、この束を返してから。北の加工町で、待っていてもらえる?」
「いつ頃?」
「予定通りなら十日ほど。古い糊の下が、これ以上剥がれなければ」
彼女は紙へ顔を近づけた。薄いところには触れず、裂け目の縁の毛羽だけを見ている。その横顔があまり熱心だったので、俺は自分が少し後回しにされていることに腹を立てる暇もなく、見入った。
「何が書いてあるの」
「織物の注文。去年の分と、もっと前の分が貼り重ねてある。こっち、色の注文だけ言い直してるでしょう」
「赤を嫌いになった?」
「花嫁が替わったのかもしれない」
俺が顔を上げると、彼女は唇の端を曲げた。
「今のは書かないで。確かめてないから」
仕事をしている彼女は真面目だったが、いつも真面目なことを考えているとは限らないらしかった。それを知るのは、ちょっと楽しい。
出立の朝、父は俺の荷を持ち上げて、黙って戻した。
「重い?」
「お前が持つんだろ」
返す言葉がなかった。
灯台の当番表はジナにも渡した。最初の報告は十日後、長引くなら次の便で知らせる。父は風向きの変わる窓を一つ指し、留め具を見たら足元の板も見るよう言った。俺が不在の仕事を頼んでいるのに、最後まで俺へ教えることが残っているのが、父らしかった。
街道の途中で、早くも上着を一枚脱いだ。
朝は冷えていたのに、山の方へ歩くと背中ばかり汗をかく。肩紐が服を押し、厚い本の角が腰へ当たる。その本を何度も読んでいる自分を想像して持ってきたが、今のところ、本の方が熱心に俺へ触れていた。
ダナは少し前を歩いていた。
荷の量は俺の半分に見えた。剣も、測量の道具も、野営の布も持っている。何かの勘違いだと思いたかったが、坂が長くなるにつれて、俺が衣類へ払った信頼の量が大きすぎたのだと分かった。
休み場で水を飲んでいると、背負い籠の女が追いついた。
籠には布包みが二段に積まれ、空瓶が脇で鳴っていた。短くまとめた髪の根元が汗で黒い。女は俺の新しい靴を見て、次に膝を見た。
「町の検査の人?」
「どうして分かるんですか」
「靴だけが山へ来るのを知らなかった顔してる」
俺は靴先を引いた。
ダナが笑った。
女はキナと名乗った。北第三坑と町の間を運ぶ仕事だという。ダナが今回の荷を説明すると、キナは自分の籠を顎で示した。
「最近の石、重いでしょう」
「見本は少ししか持ってないから」
「私は同じ数を背負ってる。前より肩が食う」
キナはそう言って、肩当てを引き直した。布の縁が鎖骨の下へ食い込み、皮膚が細く赤くなっていた。
「重いと、運び賃は?」
「数で決まる」
「損じゃないですか」
「それを、向こうでも言って」
彼女は俺より先に水筒をしまい、俺がまだ座っている石から歩き出した。
追いつくまでに、少し息が切れた。
*
山道が二つに分かれる所に、古い石標があった。
片方は木の根を越えて上へ続き、もう片方は斜面の腹をなぞっている。下の道の方が平らだった。石の表は削られ、文字の尻らしい傷だけが、苔の下に残っていた。
俺が平らな方へ足を向ける前に、ダナが止まった。
「上だ」
「下も通れそうだけど」
キナが言った。
「今は使わない」
ダナの声が変わっていた。
キナは肩をすくめ、上の道へ進んだ。俺は石標を見た。角に擦れた跡があり、昔そこへ金具でも付いていたらしかった。
「知ってる道?」
ダナはすぐに答えなかった。
遠くで鳥が鳴いた。彼女の指が、剣の柄ではなく、腰の測り縄へ触れた。
「知っていた」
それだけ言って、ダナはキナの後を追った。
夕方、木々の切れ目から加工町が見えた。屋根から何本も煙が上がり、谷底を流れる水が細い光を返していた。町の向こうには、鉱石を乾かす長い小屋と、そのさらに上に黒い坑口が開いている。
俺はようやく、下りだ、と思った。
キナが背中を見ずに言った。
「下りは膝に来るからね」
俺には、もう少し黙っていてほしい知恵もあった。




