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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
山に眠る色
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割れてから動く

ご覧いただき誠にありがとうございます。

ぜひ感想をお聞かせください。

完結までの構想はありますが、皆様のご意見を支えに作品を作り上げていく方針です。

封片が割れた時、俺はまだ値切るつもりでいた。


窓の隙間へ詰める藁の束と、職人の汚れた袖と、その向こうの雨空を見ながら、北の仕入れ先にも困ったものだと思っていた。去年より高い。そのくせ届くのは遅い。自分が作った物を高く売りたい時だけは、苦労も技術も値段に含めてほしくなるのに、買う側へ回ると、俺はなかなか清廉な人間だった。


乾いた音がした。


職人の指の間で、薄い板が二つになった。


「あ」


男は声を出し、手を引いた。壁へ押し込んでいた詰め物が跳ね返り、袖に藁が刺さった。台の端を指で叩いたように見えたのは、刃をつけた小さな押し金が、勝手にもう一度動いたからだった。


床へ落ちた欠片には、まだ乳白色の筋が残っていた。


男が拾おうと身を屈める。


「手を出さないで」


言いながら、俺は台の下の遮断栓を引いた。押し金の先が跳ね、脛のすぐ前を擦った。靴の革に白い線がついた。新しい靴だったので、一瞬、助かったことよりそちらが惜しかった。


道具へ続く細い線が消える。俺は手近の角材を台へ噛ませ、もう動かないことを確かめてから、男の腕を取った。


血が人差し指の腹を伝っていた。


「布を。綺麗な方。誰か、水も」


倉庫の番人が、抱えていた荷札を落として走った。男は俺の肩越しに床を見ようとしたが、俺は半歩ずれて見せなかった。


「まだ動くかもしれない」


「拾って片づけるだけだ」


「片づけるのは僕がやる。今、血を止めて」


男は口を閉じた。指よりも自分の道具の方を気にしている顔だった。俺にも多少、その気持ちは分かった。自分のものが変な動きをすると、他人に見られる前にどうにかしたくなる。


ただし今回、見ている他人は俺だけではなかった。


離れた戸口で、次の仕事を待っていた若い職人が、同じ包みを開こうとしていた。


「そっちも置いて。同じ荷か、先に見る」


俺の声は自分で思ったより強く出た。男は驚いた顔で手を止めた。


倉庫の中に、ようやく雨の音が戻ってきた。


*


怪我は浅かった。手当てをしてもらうため職人が出ていくと、床には彼の片方の手袋が残った。人差し指のところだけ、長く使って薄くなっている。


俺はそれを拾い、道具箱の上へ置いた。


オルネが来たのは、濡れた靴跡が半分ほど乾いてからだった。


老人は俺の話を途中で遮らずに聞き、割れた板を小さな木箱の中で回した。刃物で切ったような割れ口ではなかった。薄い層が、途中で別々の向きを向いている。光へ透かしても、中央には灰色が残った。


「栓を抜いて正解だった」


それを聞いて、俺は少し背筋を伸ばした。


「押し金が二度動いたので」


「二度目を見てから手を出さなかったのがよかった」


褒められた範囲を丁寧に狭められた。俺は、褒められたことの方を覚えておくことにした。


倉庫番が、使っていない同じ荷を運んできた。乾いた布が幾重にも巻かれ、紐の下に北第三坑の荷印がある。開くと、内側の折り返しに赤い点が見えた。


俺は指を止めた。


村へ届いた見本も、同じ印だった。加工前の物と混ぜないための目印だと、添えられた紙に書いてあった。あちらは外から見えるように結んであった。


「この布、誰か結び直しましたか」


「俺はしてない。仕入れの時、このままだ」


倉庫番が言った。声の端に、もう自分のせいにされるのか、という苛立ちがある。


「責めてるんじゃなくて、順番を知りたいんです」


俺は布をひっくり返し、赤い所が表へ出るようにした。


端は乾いていた。ところが、中央へ指を滑らせると、冷たかった。雨に濡れた革を部屋へ持ち込んだ時の、表面の乾きに騙される冷たさに似ていた。


オルネも触れ、眉を寄せた。


「加工町へ、これを持って行ってくれるか」


唐突に言われたので、俺は老人を見た。


「僕が?」


「割れる前と後を見ている。村の保守も続けている。石の良し悪しは、向こうに判る職人がいる」


俺でなければ駄目だ、とまでは言っていなかった。


それでも、俺に頼んでいた。


窓の外で、荷車の車輪が水を跳ねた。持ち手のついた押し金が、角材の下でじっとしている。たったさっきまで、一人の職人の指を裂いた物とは思えない。


「返済の日は、動かせません」


「今月の分は出立前に受け取る。旅の報酬は別に出す」


「じゃあ、灯台の代番と、ダナの都合が合えば」


言いながら、胸の中ではもう北の山へ向かっていた。術を失敗して叱られに行くのでなく、失敗を見抜ける者として呼ばれる。その違いは、給金とは別のところで俺をくすぐった。


オルネは木箱の蓋を閉めた。


「上手くいった見本だけ見せられて帰るなよ」


「分かってます」


分かっている人間らしく、俺は箱を受け取った。


箱の底へ敷いた布には、小さな血の跡がついていた。


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