二冊のまま渡す
夏の終わりに開かれた協議では、最初の一日が、どこまで決めるために集まったかを決めることで終わった。
俺は疲れ果てた。
世界を良くする人たちは、もっと朝から大切な話をして、夕方には互いを認め合うものだと思っていた。
実際には、運送の約束と、出生記録の照会と、記憶の回収をめぐる争いを、同じ紙にするかどうかで、昼の豆の煮込みが冷えた。
同じにしたい側にも理由があった。
対岸に相手がいる場合、代金の請求だけ受け付けても、記憶を不適切に取られた訴えを届ける先がなければ困る。
別にすれば、それぞれで逃げ道ができる。
だから全部を一つにして、入らない者との取引も止めるべきだという。
俺は、一瞬それがいいように思った。
悪い相手に逃げ道を残さない話は、いつも気持ちがいい。
そこから降りたい人間が、全員悪い相手であるなら。
ソルダは机の上の三枚の紙を離した。
「届け先は共通にできます。でも、荷の運送を頼むだけで、本人の記憶を扱う全ての取り決めに同意したことにする必要はありません」
相手は不満そうだった。
便利さが一つ減るからだ。
その代わり、訴えの受取を拒まない窓口と、どこへ回したかを残す控えが話し合われた。
商売の許可証に、人格全体の署名をさせる形から、少しずつ離れていった。
翌日、俺たちは実物の紙を持って、港を歩いた。
待っている荷があった。
試験で止まったハルの荷はすでに個別の照合を終えていたが、別の商人の荷では、受取人の名の後ろにある言葉が、地名なのか家の呼称なのか分からなくなっていた。
新しい一覧表なら一つの欄へ入るはずだったものが、現実には二つの使い方をしていた。
俺は相手へ聞く文を短く書いた。
全部の家族を出してもらえば早い、と係は言ったが、今必要なのはその言葉の意味と、同じ人へ届くかどうかだった。
返事が来るまで、箱を誰が預かるかも決めた。
紙の相違を議論している間も、布は湿気を吸い、粉は虫を呼ぶ。
保管の費用がかからない顔をして会議を続けてはいけない。
夜、宿へ戻ると、俺は指に乾いた墨を付けたまま寝台へ座った。
エルナは別の机で、自分の協力先との控えをまとめていた。
マテたちの工房と、傷んだ紙の扱いについて仕事を分けることになった。
技術上の照会を送る時、依頼人の名をどこまで消せるか。
報酬が片側で止まったら、どこへ確認を出すか。
彼女の紙も、俺の紙と同じように、簡単には綺麗にならなかった。
「そっちは進んだ?」
尋ねると、彼女は肩を回した。
「全部を一緒にできないと分かったところ」
「こっちと同じだ」
「同じじゃない。私の方は、持ってる乾燥台の幅まで違う」
笑いながら言われたので、俺も笑えた。
俺たちは窓を開け、しばらく街の音を聞いた。
どこかで桶を伏せる音がし、遅い荷車が石畳を踏んだ。
知らない街も、夜になるために片づけるものがある。
数日後、限定した協定の文面がまとまった。
双方の記録を消して、新しい一冊だけを正しいものにするのではない。
元の控えを保ち、対応する部分と、まだ合っていない部分を示す。
現在の取引に要る情報を本人が選んで出し、出生や封片の照会は別の目的として扱う。
協定の様式を使わない商取引にも、従来の確認経路を残す。
それで、不正な取り方が全てなくなるわけではなかった。
取りまとめ役は、手間が多いと言った。
俺も多いと思った。
ただ、これまで減らしていた手間が、誰かの名や暮らしを雑に扱うことで減っていた場合には、元へ戻す手間も必要だった。
署名の前、ハルの綴りの扱いがもう一度確かめられた。
彼は自分の名を書いた。
対岸の控えとの対応は、別の場所へ記した。
別人として二重に税をかけるための余白でも、どちらかを隠すための余白でもない。
違う書き方で同じ人を指した事実を、違いごと渡すための余白だった。
俺は自分の役割の欄へ名を書いた。
紹介と技術上の説明。
全員の代わりに了承する名ではなかった。
書き終えた後、しばらく筆を置けなかった。
大切なことを成し遂げた気がしていたし、自分一人で成し遂げたと思いたい気も、もちろんあった。
机を片づける女が、筆を回収してよいかと聞いた。
俺は渡した。
偉業にも、片づける時刻がある。




