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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
二つの岸の約束
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生まれた人の名

次の対岸便では、船酔いを少しだけ見栄なく申告できた。


少しだけ、というのは、出航前に自分から言えたのではなく、顔が悪いと指摘された時に、よくないと答えられた程度である。


エルナは俺の荷から水を取り、ユストは甲板の邪魔にならない場所を示した。


空は晴れていた。


晴れた海で気分が悪くなると、責める相手がいなくて困る。


俺は水平線を睨み、協定のために渡る責任ある人物という顔を諦めた。


エシュルでは、ディオルが新しい控えを用意していた。


全体の名簿ではない。


自分の記録を確かめることに同意した一人分と、公開してよいとされた様式の説明だった。


本人が来るまで紙を開かず、俺たちは部屋の掃除が済むのを待った。


来たのは、背の低い若い女だった。


ネイという名で、港の帆布を縫う仕事をしている。


肩にかけた袋は自分で繕ったらしく、異なる色の糸が縁に並んでいた。


椅子に座る前に、その背を一度揺すった。


「前に、ここで脚が折れたの」


俺が見ると、ディオルは申し訳なさそうに、新しくしたと答えた。


「分かってる。でも、座るのは私だから」


彼女は言った。


記録を見せる範囲も、同じように自分で確かめた。


仕事の契約、家族の現在の所在、外部体験の個々の内容は出さない。


出生の記載と、接続された記録の旧番号、その時に器がどの状態へ移されたか。


今回必要なのはそれだけだった。


俺がなぜ調べたいのかを説明すると、彼女は、自分をノアの似た人として紹介しないでほしいと言った。


「外から来た体験がある人、という括りは必要な時もある。でも、あなたの話の例として生まれたわけじゃない」


「分かりました」


俺は答えた。


分かったところから、もう一度聞く。


彼女の出生の控えは、記録庫の帳面だけでなく、その時に助産をした家の控えにも残っていた。


そちらは紙の質も筆跡も違い、母体の休養に用意した部屋や、代金を払った人の印があった。


保全番号を使って費用をまとめた紙ではない。


未出生、と書かれた古い欄の日付が先にあり、ネイがこの町で生まれたという記載が、その後にある。


接続が済んだ後、その番号は別の状態へ移されていた。


それ自体は、最初の渡航で聞いた説明と同じだった。


だが、説明だけを繰り返すのと、独立して残った二つの紙を本人の前で合わせるのは違う。


ネイの昔の欄は、これからネイという子供が生まれるという予告ではなかった。


まだこの岸の身体へ接続されていないものを、保管する側の言葉で数えていたのだ。


本人の許可した立会いのもと、旧容器の外側の記録も確認した。


中に暮らしている誰かへ語りかける部屋ではない。


移送後の容器は空で、残っているのは使用後の状態を示す痕と、扱いを記した札だった。


俺はガラスの向こうの静けさを見た。


日本で生きた俺は、ここにもう一人座って、今日の俺を見ているわけではない。


他の器の中の原本も、今この瞬間に退屈し、助けを待ち、俺たちの話を聞いている人ではない。


だから雑に扱ってよいわけではなかったが、目覚めさせれば全てに答えてくれる人として扱うのも違う。


ディオルは封じ目の劣化を調べる仕事と、雨漏りを防ぐ仕事を別々に示した。


どちらも必要で、どちらかを済ませれば他方が永久に不要になるわけではない。


ネイは早く部屋を出たがった。


「今日は持って来ないでいい物まで、背負って帰りそうになる」


廊下でそう言った。


俺は彼女を呼び止め、自分の過去を思い出す手がかりはないかと聞きたくなった。


同じ外部由来の人なら、何か感じるのではないか。


その考えに根拠がないことは、もう十分分かっていた。


「お時間をありがとう」


俺は言った。


「謝礼は、仕事を休んだ分と同じ窓口で?」


彼女はディオルへ聞いた。


彼が頷くと、ネイは控えを受け取った。


協力者として立派な顔をして帰るのではなく、午後の仕事へ戻る人の足取りだった。


俺の照会については、二系列の番号に対応する索引が届いていた。


現物が二つ、この机に揃ったわけではない。


保管場所が異なり、途中で移された記録もある。


片方の索引だけを見て、なぜ二つあるのかを決めることはできなかった。


先を知りたい、と胸の奥が鳴った。


それでも、その日の便に載せる控えは、先にネイへ確認してもらった。


自分の謎へ走るために借りた人の時間を、借りたまま置いて行かない。


それくらいは、今日の仕事に含まれていた。


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