席を外す男
片づけの翌朝、俺はロスカ行きの荷車に乗った。
皿を洗う仕事から逃げたのではない。
そういう目で見られないよう、前夜にいつもより多く洗ったのだが、誰にも数えられていなかった。
善行を数えてほしいと思っている時点で、皿より先に洗うべきものがあるのかもしれない。
エルナは隣で、立会所から届いた紙を読み直していた。
ベレスに関わる審査の通知だった。
紙の角が擦り切れている。
届いてから何度も開いては折ったのだろう。
彼女は文字を暗記しているはずだったが、目を離さなかった。
明日の審査で決まるのは、返還された二つの封片の意味でも、失われた一つの行方でもない。
それを扱った人間たちの責任だった。
ロイは来なかった。
本人の意向を確かめた上で、体調と移動の負担を考え、エルナが必要な範囲を持って行くことになった。
返還された封片は封じたまま家にある。
机の上でそれを開けば、皆が納得する気がしてしまうことが、俺にもあった。
他人の痛みを証拠のためにもう一度使おうとする考えは、最初の時より優しい顔をして現れる。
俺は自分の署名の控えを持っていた。
包括的な文言を、安心できる言葉だと思って書いた名前。
その結果として失われたものは、俺が責任を認めた後も失われたままだ。
途中の茶屋で休んだ時、エルナは紙をしまった。
「明日、私が言葉に詰まっても、すぐ続きを言わないで」
「うん」
「話したくないことは、話さない。思い出せないんじゃなくて」
「分かった」
分かったつもりで先に喋るのが俺だった。
明日は、分かった後に黙る必要がある。
ロスカへ着くと、オルネが工房の奥を空けてくれていた。
埃の匂いに、乾いた糊の甘さが混じっている。
老人は荷を置く場所を示し、机に肘をつく俺へ、そこは乾かしている紙だから触らないようにと言った。
「緊張しています」
俺が正直に言うと、老人は紙をずらした。
「それで、他人の仕事に汗を付けていいわけではない」
俺は肘を下ろした。
夕方、通りの向こうにベレスが見えた。
以前と同じように、きちんとした上着を着ていた。
袖口の折り方も、歩く時に少しだけ足元を見る癖も変わらない。
責任を問われる人間は、それと分かる顔になって歩くわけではなかった。
彼は俺たちに気づき、立ち止まった。
「明日は、よろしくお願いします」
その礼儀正しさが、俺の中に昔の安心を呼びかけた。
話せば分かる人だ。
きっと彼にも事情がある。
そう考えれば、俺自身の署名も、少し仕方のないものへ近づく。
エルナは軽く頭を下げた。
「明日は、立会いの方の前でお話しします」
「ええ」
ベレスは答えた。
彼は何かを言いたそうに口を開き、それから閉じた。
謝罪だったのか、説明だったのか、俺には分からない。
分からないまま、俺たちは別れた。
工房へ戻る道で、エルナは長く息を吐いた。
「逃げたい」
彼女が言った。
「僕も」
「あなたと同じかどうかは、分からないけど」
「うん。同じじゃないかもしれない」
俺は彼女の荷を持とうと手を出しかけ、やめた。
軽いものなら持てるが、紙の袋まで勝手に引き受ける必要はない。
代わりに、工房まで遠回りしてもいいかと聞いた。
彼女は頷いた。
夕方の市場には、売れ残った葉物と、洗った籠の青い匂いがあった。
何も買わずに歩くには少し落ち着かなかったが、俺たちは歩いた。
明日へ急いで着くためではなく、今日を、あと少しだけ歩くために。




