違う言葉で乾杯を
婚礼の日は、朝から風が南へ向かっていた。
長椅子に敷いた布がめくれ、誰かが置いた花が転がった。
母たちは皿を重石に使い、子供たちは転がる花を拾うついでに追いかけ合った。
戸の前には蜜蝋の細い灯が二本立っていたが、昼の明るさの中で炎はほとんど見えなかった。
アニが選んだ灯だった。
自分の家の蜂が作ったものを、別の家へ持っていく。
その小さな頑固さが、彼女らしかった。
立会いの言葉は長くなかった。
二人がこれから暮らす場所と、それぞれの仕事を続けることを確かめた。
トマが自分の名を書き、アニが隣へ名を書いた。
彼の文字は少し間隔が広く、最後の線だけが強かった。
俺は昔、その遅い筆運びを見て、自分の方がずっと先へ行けると考えたことがある。
今日は、彼が書き終えるのを、急かさずに待てた。
対岸の客たちは、乾杯の前に贈り物の包みを開こうとした。
村では食事の後に、持ち寄った品を二人へ渡すつもりだったため、皿を運んでいた人たちが足を止めた。
レクは、包みが破れていないうちに中身を互いに見る習わしなのだと説明した。
祝福の席で隠す必要がある品を渡さない、という意味があるらしい。
「うちじゃ、食事をする前に値段を見たがるみたいになるわ」
年配の女が言った。
笑いを含んだ声だったが、対岸の織物商の顔から笑みが消えた。
俺はまずいと思い、どちらも正しい文化です、と言いかけた。
それで場が直る気は、実はあまりしなかった。
言った本人がいい人に見えるだけの言葉は、こういう時にすぐ浮かぶ。
エルナが布を持って来た。
「包みを開けるための机を、あちらへ置きます。今、見せたい方はあちらで。二人が食べ終わってから渡したい方は、そのままで」
アニが頷いた。
「私は、どちらも嬉しい。食べ物なら、皆で食べる分があるか先に教えて」
その一言で、焼き菓子を持ってきた客が慌てて包みを開けた。
二人分しかない菓子が宴会の皿へ乗る危機を回避したのである。
笑いが起き、織物商も笑った。
レクの箱は注文品だと、トマが自分で説明した。
箱は大きくなかった。
粉のついた指でも掴める幅の広い留め具と、底に粉を逃がす細い溝がある。
婚礼の証書と、二人の仕事の控えを入れるためのものだった。
レクは皆の前で一度開閉し、蓋を叩かないように言った。
「金槌で叩いても直らないか」
トマが聞く。
「直したいなら俺を呼べ。壊したいなら自由だ」
俺は横で、冷えた指の時も試してある、と余計な説明をした。
レクは俺を見て、それは聞かれたら言うと答えた。
自分が試作に少し関わったことを皆に知ってほしい欲が、早くも衣服から顔を出していた。
食事が始まると、人の呼び名はさらに混ざった。
エシュルの客がセラを、ノアを育てたお母様と呼びかけた。
リナと並んで席にいたからだ。
セラは笑い、育てる手は少し貸したけれど母ではないと答えた。
リトが横から、僕の母でもないと付け足し、じゃあ誰のお母様なの、と小さな子が聞いた。
「誰のでもない人もいるの」
セラは言った。
「それでも、蜂蜜の焼き菓子は二つ食べる」
子供はその説明に納得して、自分の皿を守った。
俺は食卓の向こうのエルナを見た。
彼女はロイの皿へ食べやすい大きさのものを寄せ、その後、自分の好きな酸味のある漬物を取りに行った。
父の世話をしている時間だけが、彼女の今日ではない。
音楽が始まると、トマがアニの手を取った。
傷のある掌を、彼は力を加減して握った。
気遣いが目立つほどぎこちなくはなかった。
何度も同じ手を取ってきた人の、自然な動きだった。
俺には、その自然さが少し羨ましかった。
羨ましさは消えなかったが、二人が幸せでなければいいとは思わなかった。
これなら、昔の俺に比べればだいぶましだろう。
比較する相手が自分の最低記録である以上、成績の良さは保証できないが。
暮れる前、エルナが俺の隣へ来た。
「何を考えてるの」
「明日のトマの手は、また粉まみれかなって」
「そうでしょうね」
「今日の字は、いい字だった」
彼女は紙を見ていないふりをして、頷いた。
夕方の風が蝋の匂いを運んだ。
祝いは、いつもの暮らしのすぐ隣で続いていた。




