誰の手柄でも足りない
港の役所で救援の記録を書くとき、俺は自分の名前をどこへ置くか迷った。
役に立った仕事はある。
間違えた判断もある。
自分を大きく書けば嘘になり、小さくしすぎれば責任まで逃げてしまう。
サーヴァは船の運行を書き、ユストは乗降の人数を書いた。
エルナは島での受入れと、本人たちが選んだ移動の順を書いた。
ザロの案内と、モルたちの水と小屋の提供も、別の項目へ入った。
俺は塔の誤認を書いた。
古い図の線を、現在の水深と同じ意味に扱ったこと。
サーヴァが確かめる前に、確かな口調で通れると言ったこと。
船底の擦り傷は浅かったが、見なかったことにはしない。
費用の一部を、俺が負担することになった。
その金を見て、助けに行って借りが増えたのか、と胸の中で不満が鳴った。
自分で間違えた分だと分かっていても、思い通りに立派な感情へ揃うわけではない。
「報酬から引けばいい?」
担当者が聞いた。
俺は、項目を別にしてほしい、と頼んだ。
働いた分と壊した分を、なかったことにするよう相殺してしまうと、後で何があったか読めなくなる。
そう頼む自分を、少し格好よく感じた。
そして、その格好よさで出費が減らないことを確認し、やはり少し不機嫌になった。
*
商人たちの荷の損失も調べた。
海水をかぶった布、蓋の割れた箱、置いてきたままの材料。
どの時点で傷んだか、誰が処分を決めたか。
記録のないものは、覚えている人へ聞いた。
全てが明確にはならない。
サーヴァは一度、話を急がせた。
船を次の便へ戻す必要があり、船員の給金も続く。
俺は、今は人の損失の話だ、と正しいことを言いたくなった。
しかし、船員がいつまでも待つ損失もまた、人の損失だった。
ユストが黙っているのを見て、俺は彼の予定を初めて聞いた。
「家へ帰る日だった」
彼は言った。
「ずっと?」
「ずっとじゃない。二晩」
その二晩が、どれほど大事かを俺は知らない。
彼は仕事を引き受けたが、だから失った休みを惜しむ権利まで渡したわけではない。
俺たちは照会を全てその場で終えようとせず、担当を分け、後で追加できる箇所を残した。
救援という出来事を一冊の美しい報告へ閉じるより、人が普通の仕事と休みに戻れるようにするほうが先だった。
エルナは、自分が預けた記録箱の所在も確認した。
榛色丸は二日後、付き添いの小艇とともに修繕港へ入った。
残っていた三人の名も確かめられ、二十二人全員が島を出たことになった。
彼女の箱は濡れずに届いたが、角が潰れていた。
中を開くと、紙の端が折れていた。
エルナは深く息を吐いた。
助かったのだから紙くらい、と俺は言わなかった。
人が助かったことを喜ぶのと、仕事の紙が傷んだことを惜しむのは別だった。
彼女は折れを確かめ、直せる範囲と、元の折れとして残す範囲を分けた。
俺は傍で荷の控えを押さえた。
その夜、ようやく二人でゆっくり話した。
島で食べたもの、泊まった場所、皆が眠った後の水音。
ノアは何をしていたの、と聞かれ、俺は待ったことと、間違えたことと、少し働いたことを話した。
「助けてやった、って思った?」
彼女が聞いた。
俺は正直に頷いた。
「最初、少し。でも、水の箱を先に持ってって言われて、話す場所がなくなった」
エルナは笑った。
「助かったよ。でも、ここに来るまで、私たちも色々してた」
「聞きたい」
俺は言った。
その言葉を、話し終わった後に自分の話をするための待機の合図にしないようにした。
彼女は話した。
俺は、ときどき質問しながら聞いた。
話し始めると、彼女は雨水の樋のことを真っ先に話した。
屋根から落ちる水を樽で受けるだけなら簡単だ、と俺も思っていた。
ところが初めの水には屋根の泥や鳥の糞が混じり、それを捨てているあいだに雨が止むと、今度は捨てた水を惜しむ人が出た。
モルは捨てると決めた分を覆さなかった。
その代わり、食器を洗うために別の桶へ受けた。
飲むものと、洗うものと、便所に流すもの。
水は一種類しかないのに、桶が三つになった途端、何を惜しんでいたのかが分かるようになったという。
「でも、私、最初は全部同じ布で拭いてしまったの」
「桶を?」
「縁を。汚れた方から、飲む方へ。綺麗にしたつもりで」
エルナは爪の横の剥けたところを見た。
俺が想像していた、沈着な彼女が皆をまとめる物語には、そういう間違いが入っていなかった。
「怒られた?」
「ものすごく。その後、やり直した。誰かが親切で布を替えてくれると困るから、結び目を変えて置いた」
彼女の指が膝の上で小さな結び目を作った。
布はそこにないのに、どちら側へ輪を逃がすか、もう迷わないようだった。
俺は、怖くなかったのか、と聞きかけてやめた。
怖かったに決まっている、と決めつけるのも、怖くないのを立派だと思うのも、たぶん似ていた。
彼女がいま話したいのは桶だった。
「その結び方、ここでも使えるかな」
「使える。けれど、教えるのは明日にして。今日は指を動かしたくない」
その言葉で初めて、俺は彼女の手が休んでいないことに気づいた。
話しながら毛布の端を直し、剥けた皮を触り、見えない結び目を作る。
働き続けていた手は、働く理由がなくなっても、うまく止まれないらしい。
机の上に小鉢があった。
青灰色の釉薬の底に、灯の橙色が細く溜まっていた。
俺はそれを片づけようとして、聞いた。
「洗ってもいい?」
「もう洗った」
「そっか」
「置いておいて。割れてないか、見える所にあると安心する」
そういう安心もあるのだと思った。
俺がついている、と言うよりずっと小さく、ずっと確かだった。
俺は椅子を少し引き、小鉢を隠さない位置へ移った。
廊下で誰かが大きなものを落とした。
エルナの肩が上がった。
すぐに、桶だ、と宿の人が笑った。
彼女も口元を緩めたが、息を吐くまでには間があった。
俺はその間を急いで埋めなかった。
話が途切れてから、彼女は雨の夜に、同じ客室の女と喧嘩したことを話した。
荷を通路に出したくない女と、担架が通れる場所を空けたいエルナ。
どちらの言い分も分かったが、エルナはその時、相手の荷を勝手に動かした。
中に亡くなった母の織物が入っていると、後で知った。
「戻ってきた時には謝った。その人も、通る場所は空けてくれた。でも、仲良くなったわけじゃない」
「別れる時も?」
「名前だけ。お互い、無事に帰れますように、って。それで十分だったと思う」
俺は、助かった人は救助の終わりに全員笑い合うものだと、どこかで思っていたらしい。
笑い合わなくても同じ舟には乗れる。
好きにならなくても、水は分けられる。
その程度の、狭くて頑丈な関係が、嵐のあいだ人を支えることもあるのだろう。
窓の外で港の鎖が鳴った。
エルナはまだ話し、俺はやがて、何か気の利いた返事を探すのを諦めた。
薄い毛布の織り目、彼女の声の掠れ、宿の壁を伝わってくる隣室の笑い声。
それらの中に座り、二人分の夜を過ごした。




