残してある荷
二度目に島へ入ったとき、旗は前より高い場所にあった。
風で柱が傾いたため、モルたちが別の支えを足したという。
継ぎ布のある長方形が、石段の上でゆっくり膨らんだ。
相手を見つけるための印にも、支える人と道具が要る。
俺は岸へ荷を下ろし、エルナを探した。
彼女は小屋の裏で濡れた包みを開いていた。
指先が赤く、袖を肘まで捲っている。
俺が声をかけると、振り向いて、こっち、と顎で場所を示した。
「これ、持ってて」
俺は布の端を持った。
中から出てきた紙箱は、底が裂けていた。
彼女の仕事の記録ではなく、商人の見本を入れた箱だった。
品は一部変色し、持ち主は値が下がると繰り返した。
エルナは色を記し、持ち主が自分で状態を見たことも書いた。
全部大丈夫ですと言って安心させる仕事ではない。
「手、痛くない?」
俺が小声で聞くと、彼女は爪を見た。
「痛い。でも、今はこれを乾かす」
「僕が代わる」
「やり方、分かる?」
俺は黙り、教えて、と言った。
彼女は必要な道具と、引っ張ってはいけない部分を示した。
話が終わるまで、俺は布を持ったまま待った。
代わるという言葉は簡単で、実際に相手の手を空けるには、知らなければならないことがあった。
作業が一区切りつくと、二人で小屋の横へ座った。
エルナは肩を回し、首の後ろを押さえた。
髪に小さな木屑がついていた。
取ってよいか聞くと、どこ、と頭を傾けた。
俺は一つずつ取った。
遠くから見た再会には、抱きしめ合うくらいの大きな動作が必要に思えた。
実際には、彼女の髪の木屑を取ることのほうが、今ここにいる事実をよく伝えた。
「怖かった?」
俺が聞いた。
エルナは頷いた。
「船が岸へ向かってる間が、一番。ここへ上がったら、することが多くて」
「僕も、岸が見えたらすぐ入れると思った」
「入らなくてよかった」
「でも、待つのは」
「うん。私も、待ってほしい旗を上げながら、早く来てと思ってた」
俺は彼女を見た。
同じ人間の中に、反対の願いがある。
それをどちらかが嘘だと考えるから、相手を分かったつもりになるのかもしれない。
彼女は膝の上で手を組んだ。
「来てくれて、嬉しかった」
俺はその言葉で、急に報われた気になった。
だからこそ、その後の話を自分の手柄へ変えないようにしなければならなかった。
「何が、一番足りなかった?」
「乾いた布。それと、黙って横になれる場所」
「僕、安心させる言葉を考えてた」
「それも、今なら聞く」
俺は少し考えた。
「次の港には、風の入らない部屋がある」
エルナは笑った。
「いい言葉」
*
二便目には、彼女と六人が乗ることになった。
乗る前に、彼女は記録をモルへ渡した。
まだ島に残る人、各自の荷の場所、水の残り、傷めた食料。
モルは字を全ては読めないと言い、エルナは島の若い男にも一緒に説明した。
人を頼り切るのでなく、二人が違うところを確かめられるようにする。
その仕事を、俺は横で見ていた。
エルナの荷は減っていた。
工房から持ち帰る紙の一部を、榛色丸の船長に預けたのだという。
防水して船へ残し、後で運ぶ。
小鉢だけは衣服の間へ入れていた。
「紙より、それ?」
俺が言うと、彼女は一瞬だけ嫌な顔をした。
「紙は皆の仕事で、大きい箱。これは私の荷物。比べて先にどっちが大切か決める話じゃないよ」
「ごめん。そういうつもりじゃ」
「うん。でも、そう聞こえた」
俺は頷いた。
大切な人を見つけた直後でも、普通に失言する。
それを悲劇の予兆へ育てず、その場で聞き直せるようになっただけ、少しはましだった。
船へ乗った彼女は、すぐに横になった。
俺が隣へ座ると、目を閉じたまま手を伸ばした。
俺は握った。
その手は温かくなるまで、しばらくかかった。
サーヴァに荷を見ろと言われ、俺は手を離した。
エルナは不満を言わなかった。
眠っていたのかもしれない。
俺は、離したことを起きてから説明しなくてもよいか、少し考えてしまった。
愛情を実務の全てより優先しなければ偽物になる、と俺はまだ時々思う。
そんな基準を毎日守ったら、二人とも食べるものを失うだろう。
俺は水の容器を確かめ、帆の陰へ座り直した。




