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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
灯の届かない入江
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雨水を分ける―エルナ

船が予定の岸を諦めたとき、私はひどくほっとした。


それまで、どうして入らないのだろうと考えていた。


灯りは見えている。


岸はそこにある。


船が左右に振られるたび、早く着いてほしいと思った。


だが、舷側から見た波は、石の隙間へ白く折れていた。


あの場所へ入るとは、船をそこへ近づけることなのだ。


陸に近づくほど安全になるわけではないと、身体が少し遅れて理解した。


船長は、別の入り江へ入ると告げた。


客の一人が抗議した。


荷が傷む。


受け取る相手が待っている。


私は黙っていたけれど、心の中には同じ言葉があった。


ノアが待っている。


父の世話を交代する日が近い。


工房へ渡す紙がある。


その予定を全て守るために、船ごと壊してよいわけがなかった。


入り江には、古い石段と、屋根の低い小屋があった。


岸へ着くと、濡れた外套を着た女が怒りながら走ってきた。


私たちが来たことではなく、船長が使おうとした桟橋が傷んでいることへ怒っていた。


「そっちは春に外れた。見えないか!」


見えないから近づいたのだと思ったが、今言うことではなかった。


別の場所から板を出し、人を少しずつ上げた。


私は自分の荷を背へ背負い、足元の隙間を一つずつ見た。


誰かの手を借りるたび、手首の冷たさが伝わってきた。


小屋の女はモルと名乗った。


この季節、島へ海藻と浅瀬の獲物を採りに来る家々がいるという。


ずっと住む人も、季節で来る人もいる。


私たちの海図には岩の記号しかないが、それを話すと彼女は腹を立てた。


「名前はあるよ。書くやつが来ないだけ」


私は紙を出しかけて、手を止めた。


名前を聞く前に、今ここで足りないものを聞くべきだった。


「水は、足りますか」


モルは私の顔を見た。


「何人?」


私は船の客と乗員を数えた。


途中で、甲板で見た子供が帳面のどこに入っているのか分からなくなった。


船長の記録を借り、実際に岸へ上がった顔と突き合わせた。


名前が読めない人もいるので、呼ばれた者には小さな石を一つずつ動かしてもらった。


人数だけ分かればよいのではなかった。


誰が水を運べて、誰が横になる場所を必要としているか。


濡れた服を替えられる人と、替えが船倉にある人も分けた。


私がそんなことをしている間に、モルは大きな器を並べていた。


雨水を受ける器だった。



*



最初の夜は、眠りが浅かった。


小屋の壁に風が当たり、屋根のどこかで水が落ち続けていた。


隣の女が咳をし、そのたびに誰かが身じろぎする。


自分だけ横になってよいのかと思ったが、私が倒れても寝場所が一つ余るわけではない。


荷の中に、小鉢があった。


布をほどき、割れていないのを確かめる。


仕事の書類は防水の袋へ入れていたが、器は服の間へ挟んであった。


ここで割れたら少し悲しい。


でも、割れても人が死ぬわけではない。


私は小鉢へ温かい汁を入れてもらった。


モルが、変な形だね、と言った。


使いやすいんです、と答えると、器の広い縁を見て、なるほど、と頷いた。


それだけの会話が嬉しかった。


ノアは今、どうしているだろう。


心配していると思う。


心配の仕方も、いくつか想像できる。


自分がもっと何かできれば、と考え、できる範囲を増やそうとして、時々そこから足を踏み外す。


その癖を知っているから、私は彼に何もかも任せられない。


でも、ここへ来てほしくないわけでもなかった。


会いたい、と思った。


その気持ちと、今ここで船長の判断に従い、水を分け、朝まで身体を休めることは両立する。


私は器を空にして、洗う順番を待った。


壁の向こうには、知らない海があった。


私の帰る道は、今はここを通っている。


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