帰る日の天気
エルナの帰る予定を書いた紙は、灯台の机の端に挟んであった。
水位の帳面と当番表の間で、何度も触った角だけが柔らかくなっている。
予定というものは、確定していないから予定と呼ぶ。
それを理解した成人男性が、一日に四度も同じ紙を読み直す理由については、誰にも説明しないことにした。
海は三日前から荒れていた。
ただ大きい波が来るのではない。
波の間に別の向きのうねりが入り、引いた水の上へ次の水が乗った。
湾の中でも小麦号の便は休み、桟橋の縄には余分の綱が足された。
灯台の窓へ当たる雨は塩を含み、拭いた跡へまた白い筋を作った。
俺はその筋の向こうを見ていた。
帰りの便は、榛色丸という商船だった。
大きな貨物を積む船で、エシュルから幾つかの港を経てこちらへ来る。
エルナは最後の仕事を終え、その船へ乗ると知らせてきた。
紙には出発の予定と、乗ったことを確認した後で出された追い便の印があった。
予定と事実を分ける。
それを教わったおかげで、俺の不安にも今は二種類の根拠があった。
知らなければ不安にならない、というわけでもないが、知れば必ず落ち着くわけでもない。
「まだ見えないか」
父が灯室へ上がってきた。
「見えない」
「それなら、その間に飯を食え」
父は包みを置いた。
俺が手を伸ばさないでいると、自分で開き始めた。
「それ、僕のじゃ」
「食わないなら、冷える前に誰かが食ったほうがいい」
俺は椅子を引いた。
父は向かいへ座らず、窓の金具を調べていた。
こういうときに、自分も昔心配したという話を始めないところがありがたかった。
俺に必要なのが経験者の励ましか、単に温かい食べ物かを、父はいつも正しく選べるわけではない。
それでも、今日は後者だった。
パンの中には薄く切った肉が挟んであった。
母が用意したのか聞くと、セラだという。
肉をたくさん入れると父が途中で食べると分かっていたから、二人分だと添えられた。
父は聞かなかったふりをした。
俺は半分を渡した。
窓の外で、雨が少し弱くなった。
「迎えに行きたい顔だな」
父が言った。
「行けるものなら」
「行けるかを、知ってる人に聞け」
その答えは冷たく聞こえなかった。
俺の気持ちを正当な航海技術へ変えてくれる人間は、家にはいなかった。
*
翌朝、南の寄港地から使いが来た。
榛色丸は予定の港を離れ、次の湾へ向かった。
その後、天候のため入港を取りやめた船が数艘ある。
沿岸のどの港へ入ったかを確かめているが、榛色丸の確認はまだない。
消息を絶った、と誰かが言った。
俺はその言葉の重さを、胸の内側で受けた。
サーヴァは紙を読み、最後の確認場所を指で押さえた。
「連絡が着いてないんだ。まず、それだけ」
「同じじゃない?」
「違う。沈んだ船と、違う港にいる船と、連絡の荷が遅れてる船を、一つにするな」
俺は頷いた。
彼女は俺の頷きを見て、それでも捜す準備はする、と言った。
不安をなくしてから仕事を始めるのではない。
分からないことを分けたまま、できる仕事を始める。
その順番を、俺は何度も習っていた。




