誰の手柄
十一歳の夏、トマが水車を直した。
俺の説明では、彼が俺の助言をもとに直したことになっていた。
水の力は下から受けるより高いところから落としたほうが強い、と言ったのは俺だ。
だが実際に水路を測り、材を削り、雨の翌日にどの程度水が増えるか調べたのは彼と父親だった。
新しい水車は、低い音でよく回った。
粉の細かさが揃い、村の女たちが褒めた。
トマは笑って受け答えしていた。
自分が褒められることを、疑っていない笑い方だった。
「最初に言ったの、僕なんだけどね」
俺はアニに言った。
彼女は粉袋の紐を結んでいた。
手のひらの傷は白い細線になっていた。
「何を?」
「上から水を落とすって」
「私も言った。桶に穴開けたら、って」
それとは違う、と説明しかけてやめた。
彼女は水車より、その上に組まれた足場を心配そうに見ていた。
トマは足場から下りると、彼女に細い木片を渡した。
蜂の巣箱に使う部品らしい。
アニが笑った。
俺は二人を置いて帰った。
用事を思い出したことにした。
何の用事か尋ねられなかったのが、なお不愉快だった。
その夜、父が境標の刻線を写していた。
山の獣が落ち着かず、持ち回りを増やすという。
俺は紙を覗き込み、線の一箇所が二重になっているのを見つけた。
「これ、同じところを回ってない?」
「古い道を新しい道で補ってる」
「無駄が多そう」
「無駄かどうかは、俺には分からん」
父は平然と言った。
俺には、その慎みが知識の不足に見えた。
オルネの練習帳には、長い流路ほど力が逃げると書いてあった。
ならば短くすれば効率が上がる。
父の取り分も増え、ミアの靴も買える。
何より、俺が直したと誰にでも分かる。
すぐに実行したわけではない。
三日ほど考えた。
慎重な人間だという証拠に、俺はその三日を長く覚えていた。
その間に誰にも相談しなかったことは、後から考えると同じくらい重要だった。
北の境標は柳の生えた窪地にあった。
俺は小刀で補助線の端を削り、短い道をつけた。
石の中で淡い光が通り、周囲の草が同じ方向へ伏せた。
成功に見えた。
次の日、父は境の持ちがよくなったと言った。
俺は誇らしかった。
もう一週間確かめてから、手柄を公表しようと思った。
確証を得てから名乗るのは賢明だ。
失敗したときには黙っていられるという利点については、考えなかったことにした。
七日目、トマの弟が道を忘れた。
家の裏の水車小屋から戻れなくなり、同じところを歩いていた。
まだ五歳だったので、大人たちは寝ぼけているのだと言った。
八日目には牛が南の門を越えたがらなくなり、九日目には水車の下流に塩が浮いた。
トマが俺を呼びに来た。
「水、変だ。飲むと舌が痛い」
見に行くと、水面は透き通っていた。
石の縁に細かい白い粉がついていた。
指につけて舐めた途端、俺は灰色の浜を思い出した。
胸が急に寒くなった。
「上で獣でも死んだんじゃない」
俺は言った。
舌に残る塩を呑み込んだ。
「獣が死んだら塩になる?」
「種類によるかも」
その場しのぎの説明だった。
トマは眉を寄せたが、俺を疑うより先に、水を使わないよう家の人に知らせに走った。
俺は境標へ向かった。
削った線を戻そうとした。
しかし石は、木の板に描いた絵のようには戻らなかった。
短くした道の途中に黒い筋が入り、触ると爪の中まで冷えた。
俺は自分の部屋へ帰って、練習帳を何度も読み直した。
どこにも、失敗をなかったことにする方法は載っていなかった。
夕食の席で、父が明日には境を調べると言った。
俺は言いかけ、やめた。
母は煮込みの鍋を置き、何か話したかったの、と聞いた。
「別に」
口にしたあとで、前の母へ送った返事を思い出した。
同じ言葉を別の言語で言えるようになっただけで、俺はここまで育っていた。
その夜、灯台が鳴った。
鐘ではなかった。
大きな陶器の縁を濡れた指でこするような、低く細い音だった。
窓硝子が震え、卓上の匙が器の底を叩いた。
父が戸を開けると、麦畑の上に白い霧が溜まっていた。
霧の中で、水の音がした。




