家の中の他人
ミラへの謝罪は、紙に書いてコルへ渡した。
知らない大人にいきなり家を出るかもしれないと思わせる話をしたこと。
決まっていないことを、本人に尋ねる必要のない形で尋ねたこと。
読ませるかどうかは、先に彼とレダが確かめてほしいこと。
手紙は短くした。
長く書くと、俺がどれほど悪気のない人間かを説明する方向へ育ってしまったからだ。
三度書き直し、最後の紙には言い訳を二行分だけ減らせた。
全部減ったと言い切れないあたりが、俺の限界だった。
コルは受け取った。
「この子に、返事は求めないでください」
「はい」
彼は頷き、今日は中へどうぞ、と言った。
話すのは大人だけだった。
レダの家計の帳面は、途中から字が変わっていた。
最初は急いだ細い字。
後には、太い線で書かれた数。
再婚したコルが会計を一部受け持ったのだという。
俺は二つの筆跡を見て、家の中へ他人が入ったというより、長い仕事を二人で運ぶようになったのだと思った。
財産の整理では、売られた土地と、家に残った持分と、借り入れを使って改修した部分を分ける必要があった。
古い家にそのまま別の男が座ったのではなかった。
屋根は修繕され、竈は作り直され、仕事場には新しい槽が入っている。
その費用には、コルが前から持っていた道具を売った金も含まれていた。
グレンの名が書かれた最初の台帳と、現在の家を同じものとして重ねるだけでは、誰が何を負担したかが消える。
「妻を、取ったつもりはありません」
コルが言った。
俺は顔を上げた。
「あなたにそう言われたわけではない。でも、顔を見られると、そう答えたくなることがある」
俺は視線を落とした。
「すみません」
「謝ってもらうことを増やしたくて言ったのではないんです」
彼は指で紙の角を押さえた。
「俺は、この人と暮らしたい。今も。グレンさんが帰ってきたのは、よかったと思う。それで、ここを離れたいとは思わない」
欲をはっきり言った男のほうが、それまでの沈黙より理解しやすかった。
善い人であるために自分の家族を差し出すべきだ、という期待を、俺が勝手に置いていたのかもしれない。
親切にしてくれる人ほど、それ以上を求めてよい気がしてしまう。
レダは卓を見ていた。
「私も、今の暮らしをやめたいとは思わない」
声は小さかった。
「それをグレンへ言うのが、怖い」
俺は答えなかった。
代わりに言ってあげるべきか、とは考えなかった。
それは俺がどれほど上手く言っても、別の言葉になってしまう。
*
その夕方、グレンは一人で家を訪ねた。
俺たちは同行しなかった。
頼まれたら近くへいることだけを伝え、工房で仕事をした。
帰ってきた彼は、いつもより長く靴を脱いでいた。
食事は、と聞くと、食べてきたと言った。
何を、と聞きかけてやめた。
すべてを報告してもらわなければ助けられないわけではない。
彼は椅子へ座り、しばらくしてから話した。
「戻れないって言われた。家には」
俺は頷いた。
「俺にも、ここで何をしたいか聞かれた」
「何て答えたんですか」
「分からないって」
グレンは窓の外を見た。
「向こうにいる間は、帰ることだけ考えてた。帰ってから何をするかは、帰ったら分かると思ってた」
俺は、分かりますと言いかけた。
分かる部分はある。
けれど、十七年もの隔離を経て、ようやく訪ねた家で家族が別の家庭を持っていた経験は、俺にはない。
自分の恋の喪失をそのまま彼へ重ねれば、彼にない痛みまで押しつける。
「今、分からなくても、泊まる場所は要りますね」
俺は言った。
彼は、そうだな、と少し笑った。
人の悲しみを解くことはできなくても、宿の契約を延ばすことはできる。
俺たちは女主人のところへ行き、長く泊まる場合の代金を聞いた。
仕事のある朝に朝食を早くしてもらえるかも、グレン自身が頼んだ。




