水に濡れた証拠
港の記録工房では、紙を乾かす場所を巡って毎朝争いがあった。
窓に近い棚は風が強すぎ、奥の棚は乾くのが遅い。
炉へ寄せれば端だけ先に縮む。
エルナは到着して間もない頃、作業台の上へきれいに並べた頁を風で一枚飛ばし、足元の糊へ落としたことがあった。
本人はその件に触れられると今でも口を固く結ぶ。
完璧な仕事をする人に見えるのは、俺が仕上がった後ばかり見ていたからでもある。
工房を預かるのはマテという女だった。
声は小さいが、濡れた紙を乱暴に持つ者を見つけると、部屋の反対側からでもすぐに呼び止める。
椅子の脚が一本短く、座るたび身体が少し揺れた。
直せばよいのに、と俺が思うより先に、彼女は脚の下へ折った布を差し込んだ。
「こちらの仕事は、船便より天気に合わせます」
彼女はエルナへ言った。
「来月の初めに晴れるとは契約できない。だから三か月と、途中の確認日を二度。無理なら人を増やす。その相談を、仕事が破れる前にしてください」
エルナは真剣に聞き、質問を重ねた。
俺はその隣で、彼女が必要とされている姿を見ていた。
嬉しい。
誇らしい。
そして、ここでの彼女には俺がついていなくても十分だと分かるのが、少し面白くない。
そんな自分を見ないように、俺は紙の隅の折れを見た。
グレンの通知を辿る手掛かりも、この工房へ運び込まれていた。
十年以上前の沿岸便の荷受帳、その写し、帰ってきた未配達の袋の記録。
乾かす順番を飛び越させてもらえるわけではないので、俺たちは状態のよい別の控えから調べることになった。
届けた日付と、決めた日付と、受け付けた日付。
三つの欄を作った帳面を開くと、同じ人物の名が異なる月に現れた。
最初の申立ては、グレンが戻らなくなってから何年も後だった。
レダは二度、判断の延期を求めていた。
その間に、家の屋根の修繕のため金を借りている。
支払いを延ばし、次に働く場所を増やしていた。
「すぐ死んだことにしたわけじゃ、なかったんだ」
俺は言った。
エルナは顔を上げた。
「そう書かれていなかったのに、そう思ってた?」
俺は頷くしかなかった。
グレンは元の家を失い、レダは誰かが帰ってくる可能性を手放さずに暮らせる限界へ来た。
俺はその間を飛ばしていた。
飛ばすと、悪い人が一人増え、自分の仕事が簡単になる。
別の袋には、生存の照会が戻され続けた跡があった。
宛先となった修繕域の名称が途中で変わり、古い港の窓口が閉じ、同じ照会が別の街へ送られている。
返送された封の外側には、新しい日付が何度も重なっていた。
それを決定の日と読めば、レダがつい最近まで夫を死んだことにしようとしていたようにも見えた。
だが、中の決定はもっと古い。
帰還したグレンへ今届いたのは、過去の判断の通知だった。
彼の生存を知りながら行った新しい宣告ではない。
俺はその違いを、三つの欄へ書いた。
*
昼過ぎ、工房の裏の水路が詰まった。
雨樋から落ちた枯葉と、誰かの捨てた布が、石の穴を塞いでいた。
水が裏口の敷居まで上がり、マテが乾燥棚を高い台へ移すよう声をかけた。
俺は外へ出て穴へ手を伸ばした。
冷たい泥の中で指が何か硬いものへ当たり、思わず引っ込めた。
グレンが小さな熊手を持って来た。
「手でやると切るよ。割れた鉢がある」
彼は石の形を見て、水が戻る向きを確かめた。
工房の道具を借り、詰まりを少しずつ掻き出す。
水が流れ始めると、まだ床へ上がらないうちに、別の男が板で流れを溝へ導いた。
俺は乾いた布を運び、エルナは既に濡れた紙を分けた。
グレンの動作には慣れがあった。
保守の荷を運ぶ前から、水を扱う仕事をしていたのだという。
「染めた布を洗う場所も、よく詰まった」
片づけながら彼は言った。
「家で?」
「うん。レダが染めて、俺が水を運んだ。仕事を増やしたくて、遠くの荷に加わった。近くの水だけ運んでればよかった、と思ったことは何度もある」
俺は、そんなことを言わないでください、と返しかけた。
本人が実際にそう思った時間へ、励ますための言葉で蓋をしてはいけない気がした。
「今も?」
代わりに聞いた。
「今も。でも、今からあの朝に戻れないのは、分かる」
彼は濡れた袖を絞った。
マテが作業代の札を持ってきた。
グレンは、ついでだから、と断りかけたが、女は水路の保守は仕事だと言った。
彼は札を受け取り、書かれた自分の名前へ指を当てた。
役に立ったから元の家へ戻れるわけではない。
それでも、この街に今日の仕事が一つあることは、何もないのとは違った。
翌日の早朝、俺はグレンの港仕事を半刻だけ手伝った。
船へ積む染布の包みを、色と納品先で分ける。
印は荷札に書いてあるが、水に濡れると読みにくくなるので、外の紐にも結び方を変えて目印がついていた。
俺は帳面を頼りに、一つの包みを別の列へ置いた。
「そっちは、今日の便じゃない」
若い荷役の女に止められた。
「行き先は合ってるけど」
「出す日が違う。乾いてない」
彼女は包みを持ち上げ、底の湿りを俺へ触らせた。
内側の布が十分に乾かないまま船倉へ入れれば、匂いと染みが出る。
帳面には行き先しかなく、出荷できる状態かどうかは現物を見て決めなければならない。
俺は包みを戻した。
グレンも、少し前に同じ間違いをしたという。
以前の印と今の印が似ているからだ、と言いかけて、彼は首を振った。
「聞けばよかったんだ。知ってるつもりだった」
若い女は頷き、次の荷を持った。
老人の経験を尊敬する顔も、若者をからかう顔もせず、ただ間違えた荷を戻す人の顔だった。
俺たちは布を干す高い棒を運んだ。
両端を二人で持つと、曲がり角で互いの歩幅を合わせなければならない。
グレンは途中で足を止め、腰を伸ばした。
俺が急がせそうな顔をしたのか、先に行くなら一人で運べる長さを持ってくれ、と言われた。
待った。
朝の湿った空気に、染料の甘苦い匂いがあった。
窓を開ける家が増え、上の階からパン屑を払う女が、下を通る俺たちへ気づいて手を止めた。
道は仕事でいっぱいで、どの仕事も他人の通り道を少しずつ借りていた。
棒を掛け終えると、荷役の女が水を飲みに来た。
彼女はグレンへ、ここで長く働くのかと聞いた。
「まだ分からない」
彼は答えた。
「長い荷を運ぶのは、週に何度もだと腰に来る。水路を見る仕事なら、もう少しできると思う」
「親方に言えばいい。前の人が辞めてから、皆が順番にやってる。詰まると荷を濡らすから」
グレンは、今日聞いてみる、と言った。
俺は、その会話が嬉しかった。
誰かに救われた人として特別な椅子へ座るのではなく、できる仕事とできない仕事を言い、同じ場所の人が必要な作業を返す。
簡単なことに見えるが、彼がそこへ来るまでには長い時間があった。
作業が終わった後、グレンは親方のところへ行った。
俺はついて行かなかった。
話をうまくしてやりたいと思ったが、彼の腰の状態も、働きたい日も、俺が一番よく知っているわけではない。
少し離れて自分の手を洗い、呼ばれるならその時に行こうと決めた。
結局、呼ばれなかった。
彼は戻ってきて、水路の点検を一度試すことになった、と言った。
俺がいなくても話が進んだことへ、ごく小さな寂しさを覚えた。
その寂しさを、役に立たなかった証拠にはしないようにした。
帰り、俺たちは朝市で食べ物を買った。
グレンは自分の給金から払った。
俺が出そうとすると、今日は自分で買いたい、と言われた。
俺は財布をしまった。
手を出さないままで終えた援助も、今日は幾つかあった。




