歪んだ小鉢
エルナは、その夕方に器を買った。
釉薬が片側へ流れ、縁が少し外へ開いた小鉢だった。
市の端に置かれた安い品の中から、迷わず手に取った。
俺は最初、仕事で使う糊の器だと思った。
「これで食べるの」
彼女は言った。
「そっちのほうが形、揃ってるよ」
俺が隣を指すと、エルナは首を傾げた。
「これは、汁をすくいやすそう」
「でも、こっちだけ色が」
「それも好き」
俺は小鉢を見た。
青灰色の釉薬が底へ溜まり、内側の一部に雲のような濃さができている。
きれいと言われればきれいなのだろうが、同じ工房の道具なら彼女は左右の違いをずっと気にするはずだった。
「記録の端はあんなに揃えるのに」
「紙を重ねるのと、ご飯を食べるのは違うから」
店の女が笑った。
俺は黙った。
焦げたパンのときから、何か学んだつもりだった。
相手の一面を知ると、その形で全てを揃えたくなる。
その癖は、相手をよく見ているつもりの顔をして現れる。
彼女は器を布で包み、鞄へ入れた。
帰り道、俺はミラのことを話した。
エルナは最後まで聞いた。
慰めてくれると思っていたわけではない、ということにしたかったが、話し終えた俺の沈黙には、慰めを待つ形があった。
「謝るなら、今度は何のために行くか、先に大人と話したほうがいい」
「うん」
「その子が会いたくないなら、会わなくていいように」
俺は頷いた。
相手へ直接謝ることさえ、自分の気持ちを片づけるために押しつけられる。
そう考えると何もできなくなりそうだったが、エルナは何もするなと言っているわけではない。
宿の台所で、彼女は買った小鉢を洗った。
乾いた布の上へ置き、しばらく眺めてから夕食を盛る。
端の広いほうへ匙を入れると、確かに具をすくいやすかった。
「向こうへ持って帰る?」
俺が聞いた。
「うん。割らなければ」
「僕が包もうか」
「今は、食べる」
もっともだった。
*
食後、彼女は工房から渡された契約の案を見せた。
三か月。
水をかぶった記録の修復と、当地の保存手順を学び直すための仕事。
報酬は宿代を差し引いても残り、その一部をロイの世話へ送れる。
俺は紙を読んだ。
内容に問題があるところを探した。
夜の作業は多くないか。
責任の範囲が広すぎないか。
知り合って間もない職人たちを信用できるのか。
どれも確かめるべきことではあった。
だが、俺が熱心なのは契約の出来のためだけではない。
「僕も、残れる仕事を探そうか」
言うと、エルナは黙った。
「村の当番は?」
「父さんたちへ、もう少し」
「いつまで頼んできたの」
俺は返事をしなかった。
俺が自分の責任を後へ押すことでしか、二人が同じ場所にいる未来を作れないなら、それを彼女への愛情だけで説明するのは難しかった。
「私、あなたが帰ってから、ここにいたい」
エルナは言った。
その言葉が、一緒にいたくない、に聞こえた。
そう聞こえたと正直に言うのにも勇気が要った。
正直でさえあれば彼女が言葉を引っ込めてくれる、と期待している自分もいたからだ。
「僕がいないほうが、仕事をしやすい?」
「そういう日もあると思う」
彼女は少し考えてから答えた。
「あなたがいて嬉しい日もある。でも、全部を一緒にしないと、どちらかが間違いになるの?」
俺は小鉢を見た。
器の縁は左右で違っていて、それで食事が駄目になるわけではなかった。
だが、そこから簡単な教訓を作って納得したふりをするのは、彼女が持とうとしている三か月を安くする気がした。
「少し、考えたい」
俺は言った。
彼女は頷いた。
「私も。いい仕事だと思ってるけど、寂しくならないわけじゃないから」
俺はその言葉へ飛びつきそうになり、やめた。
寂しいという理由で全てを同じ場所へ集めていたら、グレンの家には何人が住めばよいのだろう。
俺は自分の問題と他人の問題をすぐ一緒にしてしまう。
それでも、全く関係がないわけでもなかった。




