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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
向こう岸の朝食
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残っていた住所

グレンの家は、港から川沿いへ半刻ほど歩いた場所にあった。


彼は道を知っていたが、曲がるはずの角で二度止まった。


壁が新しくなり、以前は見えた屋根が別の建物の陰に入っていた。


俺なら変わった街を責めたかもしれない。


彼は自分の持つ紙を見て、道を聞いた。


エシュルは海を知り続けた土地だが、周囲のどの道も途切れなかったわけではない。


グレンは昔、 内陸の保守用部材を届ける一団へ加わり、アルヴェイン側の修繕域へ入った。


そのまま帰路が切れた。


家族の住むこちら側には彼の名が残った。


海を圧縮した基準へ繋がらない戸籍と、家で付けた帳面があったからだと、名簿室では説明された。


全てが同じように忘れられたのなら、探す者の苦しみもなかっただろう。


だが、覚えているほうにだけ道が残っても、歩いて帰ることはできない。


彼が持ってきた紙は、亡妻からの手紙ではなかった。


生きている妻の名で出された、長期不在の申立てだった。


通りの端に、染めた布を干す竿が並んでいた。


風を受けた青い布が膨らみ、乾きかけの端がぱたぱたと音を立てる。


その奥に小さな家があり、戸口の石は長い時間に削られて丸くなっていた。


グレンは門へ手をかけ、そこで止まった。


「勝手に入らないほうがいい?」


彼が聞いた。


俺は答える役目を、突然渡された気がした。


これはあなたの家でしょう、と言ってやりたかった。


そのほうが力強く、自分も役に立った気になれる。


エルナが、戸口のベルを指した。


「来たことを、先に知らせましょう」


鳴らすと、家の中で椅子を引く音がした。


出てきた女は、グレンを見て片手を口へ当てた。


俺たちはその仕草が落ち着くのを待った。


女は何も言わず、彼の目と額と、耳の下の傷を順に見た。


それから、信じられないというように首を振った。


「グレン」


名前が、小さく聞こえた。


彼は頷いた。


女の膝が揺れ、俺は支えようと手を出しかけた。


だが、家の中から別の男が来て、先に肩を支えた。


「レダ、どうした」


その声を聞いて、グレンの手が下がった。


妻だった女には、今、隣に立つ人がいた。



*



俺たちは居間へ通された。


卓の上に朝の食器が残っていた。


小さな器が一つ、隅へ寄せられている。


壁には背丈を刻んだ線があり、その下に幼い文字で名が書かれていた。


レダは水を出そうとして、同じ器を二度持った。


男が代わりに盆を運んだ。


名はコルだと紹介された。


染めた布を仕上げる仕事を、この家で一緒にしているという。


グレンは部屋を見回していた。


俺には普通の家具にしか見えないものに、彼の視線は何度も止まる。


古い棚、新しい竈、塗り替えた柱。


その一つ一つが、自分を待ったか待たなかったかの返事に見えているのかもしれなかった。


「何度も、探したの」


レダが言った。


「船を頼んだ。陸の道も、仕事仲間の家も。人が帰ってくるたびに聞いた」


「知ってる」


グレンは言った。


それから、首を振った。


「いや、知らない。今、初めて聞いた」


女の目から涙が落ちた。


その言い直しで、俺は喉が詰まった。


相手の苦労を知っていることにして、安心させようとする。


その優しさの中に、自分の気まずさを減らしたい欲もある。


コルは卓の端に座っていた。


口を挟まないようにしているのが分かった。


その沈黙を俺は立派だと感じ、同時に、何を考えているか分からなくて苛立った。


二つの家族の間へ来たばかりで、もう誰かを善い側へ置きたくなっていた。


奥の戸が少し開いた。


女の子が顔を出し、俺たちを見た。


片方の靴下が下がっている。


「お母さん」


レダは振り向いた。


「少し、向こうで待ってて」


「朝、学校の紙を」


「今は」


声が強くなり、少女は戸を閉めた。


グレンはその音を聞き、背筋を伸ばした。


「今日は、顔を見たから」


彼は言った。


「また、話しに来てもいいか」


レダは頷いた。


いつ、と聞かれて、返事をするまで長くかかった。


俺たちは家を出た。


帰り道、グレンは干した布の脇を歩いた。


濡れた青が彼の肩へ触れ、細い筋を残した。


彼は気づかなかった。


俺も、その場では拭こうと言えなかった。


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