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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
まだ生まれない名
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開けられる箱

工房の仕事は、争いの決着を待っていなかった。


市場の女が、冷蔵用の地下室の錠前を持ってきた。


雨の日だけ鍵が抜けなくなるという。


レクは実物の戸を見なければ分からないと言い、俺は道具を持ってついて行った。


地下への階段は狭く、壁が冷たかった。


底では魚を入れた桶に蓋がされ、床へこぼれた水が傾斜を伝って排水穴へ流れている。


空気の匂いが喉の奥へ残った。


鍵が悪いのではなかった。


湿った木の戸が膨らみ、錠前の位置を少しずらしていた。


「削ればいい?」


俺が聞くと、レクは蝶番を見た。


「乾くと隙間ができる。こっちを直す」


彼は戸を支え、金具の座を少し広げた。


俺は言われた高さで板を持つ。


腕が震えてきても、彼の作業が遅いと言わずに、交代してほしいと言うまでに少し時間がかかった。


帰り、女は銅貨と小さな包みを渡した。


「昼の残り。よければ」


包みの中は魚の揚げ物だった。


レクは礼を言い、食べ物と料金を別々の袋へ入れた。


食べ物で支払いを済まされたのではない。


その違いが、何となく嬉しかった。


工房へ戻ると、試作の書類箱が卓の上にあった。


押し金の表面には浅い溝がつけられ、粉が逃げる隙間が広げられている。


レクは手を冷水へ浸し、布で軽く拭いてから触った。


「冷やすの?」


「冬の指のふり」


「冷やしすぎると、今日の仕事ができなくなるよ」


「だから一回だけ」


彼は押した。


今度は引っかからなかった。


しかし蓋の反対側が少し浮き、閉まったと思って持ち上げると開いてしまった。


レクは顔をしかめた。


俺は、もっと強いばねを入れれば、と言いかけた。


彼はもう別の紙へ、弱い指でも分かる戻り、と書いている。


エルナが夕方に来て、箱の中へ実際の紙束を入れた。


空の状態では閉まっても、使う紙を詰めると違う。


布で包んだ控えと、少し湿った札。


どちらを入れたかで蓋の重さも変わった。


「これを作った人には、閉まるんだろうね」


彼女は言った。


「使う人には、どこまで押したらいいか分からない」


レクは頷いた。


俺は、自分なら同じことを三度言われると少し腹を立てるだろうと思った。


彼が腹を立てていないわけではないのかもしれない。


ただ、その苛立ちより、箱が閉まることを先に選んでいる。



*



留め具へ取りかかる前の日、俺は宿の中庭で洗濯をした。


旅の汚れは意地が悪く、濡らすといったん薄く見せてから、乾くにつれて戻ってきた。


裸足で踏んでいた石は昼の陽を吸って温かく、桶の水は足首まで冷たかった。


俺は汚れの一番ひどい袖を擦り、勢い余って自分の顔へ泡を飛ばした。


隣で敷布を絞っていた宿の老客が笑った。


彼も力を入れすぎ、桶を倒しかけた。


俺はとっさに押さえ、二人で濡れた石の上へしゃがんだ。


「服を洗うと、服が増えるな」


老人が自分の濡れた裾を見て言った。


俺はその言葉が妙におかしく、しばらく笑いを止められなかった。


どうしてあれほど笑ったのか説明できない。


人と何でもないことで笑える午後は、説明できるほど整っていなくてもよかった。


翌日、小さな留め具の焼き合わせに、俺の術を使うことになった。


炉へ入れれば隣の部品まで熱が回る。


切り離して加工し直すには、既に整えた曲がりを壊す必要がある。


レクは他にも方法を説明し、それぞれの手間を並べた。


俺の手伝いは好意ではなく、試作の作業代へ入れる。


俺は差し出す体験を先に書いた。


宿の中庭で洗濯をした午後。


その中の、裸足へ移った敷石の温かさ。


ごく小さな熱を、金属の継ぎ目へ留める。


同じ午後に老客と笑ったことまで、きれいに分けられる保証はない。


その危険を考え、桶を運んだ最初の足裏の感覚へ焦点を絞った。


止め目は万能ではない。


分かっていて使うことと、もう心配しなくてよいことは違った。


エルナは記録を読み、俺に選択を返した。


「今日は、ほかに大きな術をしてない?」


「してない」


「終わってから、箱を持って歩かないで。少し座って」


俺は頷いた。


金属の小さな輪へ指を近づける。


敷石の凹凸が薄れ、足裏から上った熱が、言葉だけのものになった。


継ぎ目が赤くなり、レクの持つ細い金属がそこへ流れた。


手を離すと、疲れより先に空白があった。


洗濯をしたことは知っている。


だが、石の温かさを、もう足の内側から思い出せなかった。


それから、老客の言葉があれほどおかしかった理由も遠くなっていると気づいた。


言われたことは説明できる。


それなのに、あのとき勝手にこみ上げた笑いの感じへ戻れない。


「広がった?」


エルナが聞いた。


「少し。隣の人と笑ったところまで」


彼女はそのまま書いた。


レクは冷えた留め具を見てから、俺へ顔を向けた。


「使ってくれとは頼んだ。でも、返せないんだな」


「返せない。でも、今日こうするって決めたのは僕だよ」


言ってから、決めたのだから痛がる資格がない、という意味にしないよう付け加えた。


「惜しいと思うのも、ある」


彼は頷いた。


箱はまだ完成しなかった。


翌朝、別の持ち方で試すと、蓋の角へ指を挟みそうになったからだ。


俺の小さな犠牲に気を遣って、完成したことにする者はいなかった。


それは寂しく、仕事としては正しかった。


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