人を育てる家
レクを育てた家へ行ったのは、その二日後だった。
俺たちから押しかけたのではない。
彼の申立てを整理する記録師が必要で、エルナが短期の仕事として請けた。
俺は金額の転記と、保全容器の点検欄の読み取りを手伝うことになった。
俺たちがこの街の法を知り尽くしているわけではないので、争いを扱う立会人にも依頼した。
立会人はソルダという女だった。
厚い眼鏡を片側へ傾けて字を読み、重要なことほど小さな声で聞き返す。
そのため依頼人は前へ身を寄せ、自分の言ったことをもう一度口にすることになる。
「ノアさん。あなたがこの人を助けたいのは分かりました。そのために、本人が何を頼んだのかを先に書いてください」
俺の用意した説明を読み、ソルダはそう言った。
紙には、彼の自由を守る必要がある、と書いてあった。
レクが頼んだのは、工房の道具を引き上げられないようにすることと、支払う根拠の分からない保全費を分けることだった。
俺は早くも彼より大きな物語を代わりに書いていた。
育ての家の門には、淡い花が絡んでいた。
中庭に水盤があり、縁を子供が指でなぞっている。
奥の部屋から薬を煎じる匂いがした。
レクは門をくぐる前に一度、自分の袖口を直した。
工房では気にしていなかった煤を、爪で擦り落とそうとしていた。
出てきたのは、腰の曲がり始めた女だった。
「痩せたね」
彼女は最初にそう言った。
「変わらないよ」
「頬が」
「ここへ来ると、いつも同じことを言う」
女は困ったように笑った。
育ての母だと紹介され、俺たちは頭を下げた。
名前はネルダ。
医療の仕事をする家を継ぎ、受理者の養育を引き受けたのだという。
茶が出た。
レクの前にだけ、小さな皿で干した果物が置かれた。
彼はそれを見て、すぐには手をつけなかった。
話は穏やかに始まり、だから余計に終わらせにくかった。
「望むことをさせなかったと言われるのは、つらいのです」
ネルダは指を重ねた。
「この子に何ができるか、私たちも分からなかった。だから学べる場所を用意しました。普通の子より費用は掛かりました。でも、それを惜しんだことはありません」
レクの顎が少し強くなった。
「今は、返せと言ってる」
「あなたを罰したいのではないわ。この家には次の子たちもいる。約束が果たされなければ、続けられないことがあるの」
奥で子供が笑い、誰かが静かにするよう言った。
俺は家を見回した。
悪意だけで作られた場所ではない。
薬の棚には毎日の手入れがあり、階段には小さな手に合う高さの手すりがあった。
そこで受けた世話が本物だったからといって、後から請求される全てが正しいことにはならない。
その二つを同時に見るのは、相手を悪人と呼ぶより疲れた。
ソルダは契約の最初の紙を求めた。
ヴェスが持ってきた書類には、受理番号、引受先、医療の役目へ就ける見込みが記されていた。
レクの署名はない。
まだ生まれていない身体の名もない。
「この欄の返納義務は、引受家と保全庫の間のものですね」
ソルダが確認した。
「仕事を継ぐ者が家へ納める分で支払う想定です」
ヴェスが答えた。
「想定と、本人が負った義務を分けます。成年後に締結した契約はありますか」
今度の紙には、レクの筆跡があった。
道具、食費、住居の一部。
工房へ移るときに借りたものだという。
レクはそれを読み、自分の契約だと認めた。
「払うと言ったものまで払わないつもりはない」
彼は言った。
「でも、その前へ戻って、僕の生まれる前の帳面まで全部僕にするな」
彼がこの家では僕と言うことに、俺はそのとき初めて気づいた。
*
帰り際、ネルダは包みを差し出した。
干した果物だった。
レクは受け取りかけ、手を止めた。
「これも、書く?」
女の顔が痛みを受けたように歪んだ。
「書かないわ」
「じゃあ、もらう」
帰り道、彼は一つだけ食べた。
俺たちへも勧めたが、俺は断った。
分けてもらわないほうがよい気がした。
その理由を立派に説明しようとすると、たぶん間違える。
宿へ戻ったエルナは、しばらく紙を見つめていた。
「お父さんの仕事を続けたいと思ったとき、私には断れる場所があったのかな」
彼女が言った。
「続けたいんじゃないの」
「続けたいよ。でも、自分で選んだことにも、選ぶ前から置かれていたものはある」
俺は返事を探したが、うまい言葉はなかった。
彼女は父を愛し、父のそばを離れたい日もあった。
その二つをどちらか一つへ直してやるのは、俺の役目ではない。
俺は湯を足し、飲み物の器を彼女の近くへ置いた。
「明日の写し、僕が先にやる」
「数字のところからね」
「字のきれいさでは期待されてない?」
「今、聞く?」
俺は笑った。
笑っても消えない話を、机の上へ残したまま。




