↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
まだ生まれない名
PR
43/196

錠前を作る男

特別な人間でありたいという望みには、見苦しい足の引っ張り方がある。


俺は世界で一人だけ苦しんでいるのは嫌だった。


だが、世界で一人だけ特別でないのも嫌だった。


両方を同時に満たす条件を考えると、自分だけ優れた能力を持ち、他の人は俺を理解するために似た苦労だけしていてほしい、というあまりに都合のよい要求になる。


名簿室を出た俺は、階段の下でしばらく立っていた。


「ちょっと、思ったのと違った?」


エルナが聞いた。


「未来じゃなかった」


「それは私も意外だった」


「僕だけじゃなかった」


彼女は黙った。


簡単に、よかったね、と言わなかった。


その沈黙へ甘えて、俺は少し卑しいところまで口にした。


「それなら、僕が持ってるものって何だろうって」


「荷物。今は、それを持ってくれると助かる」


俺は彼女の肩から鞄を受け取った。


重かった。


相手の人生の意味を説明するより先に、片方へ偏った重さを直す。


彼女はいつでもできるわけではないが、そういうことを時々、俺より上手くする。


「私には、前の世界の知識がない」


階段を下りながら彼女が言った。


「それで足りないとは、思ってないよ」


「そういう意味じゃ」


「うん。でも、聞いてると時々、そう聞こえる」


反論できなかった。


港へ向かう角で、粉の袋の男がしゃがんでいた。


袋を足元へ置き、割れた木片を拾い集めている。


小さな箱の底が抜けたらしかった。


道を通る人が避け、避けるために踏みそうになるたび、男は舌打ちした。


俺は鞄を置き、転がった輪金を拾った。


「粉の人」


「錠前の人だ。粉は買ってる」


エルナが笑った。


男も、ほんの少し口元を緩めた。


「レク。あんたは?」


「ノア」


「知ってる。上で、番号を読まれてた」


俺は輪金を握ったまま止まった。


レクは俺の顔を見て、面倒なことを言ったと悟ったようだった。


「俺もだよ。違う番号だけど」


港の喧騒が、そのときだけ遠くなった。


俺は彼をまじまじと見た。


何か共通した印でも探すように。


目の色、指の形、立ち上がるときの癖。


もちろん、そんなものはなかった。


彼はただ、箱を壊して困っている若い職人だった。


「前は、どこに?」


聞くと、レクは木片を重ねた。


「ここで話す?」


その言い方で、俺は周りに人がいるのを思い出した。



*



工房は魚市場の裏だった。


高い建物に挟まれて昼も薄暗い。


窓を開けると魚の内臓の匂いが入り、閉めると炭の匂いがこもる。


どちらかが常に勝っている部屋で、レクは仕事をしていた。


卓の上に小さな金具が並び、壁には持ち主の名を紙で下げた錠前が掛かっていた。


湯を沸かすための炭がまだ赤かった。


彼はそこへ小鍋を掛け、茶と呼ぶには強すぎる匂いの葉を入れた。


「何を覚えてる?」


俺が聞くと、彼は椅子を指した。


「先に座って。立って聞かれると検査みたいだ」


俺は座った。


「白い壁。床に引かれた色の線。人が多かった。高いところに道があって、下にも道があった」


胸が一度、大きく鳴った。


「車は?」


「何だ、それ」


「人を乗せて走る、箱みたいな」


「吊られてた」


レクは湯を注いだ。


手元を見ていると、左の薬指が完全には曲がらないことに気づいた。


「医者だったことは?」


「道具を知ってた。身体の中の名前も、いくつか。でも今の言葉では分からない。子供の頃、絵を描かされた。管と刃と、光る板。あれで決められた」


同じ日本なのかと思った期待は、まだ消え切らずに残っていた。


知らないものを、似ているところだけ拾って自分の故郷へ寄せたかった。


「夜は暗かった?」


「ここより明るかったと思う」


「空に、星は」


「ノア」


エルナが呼んだ。


俺は口を閉じた。


レクの茶は冷め始めていた。


彼は俺を助けるために前世を持っているわけではない。


「ごめん」


「珍しいからな。俺も最初は聞きたかった」


「最初?」


「ほかの受理者に会ったとき」


俺の特別さは、今度は人数まで増えて削れた。


レクは火箸で炭を寄せ、仕事の卓へ戻った。


「これ、触ってみて」


小さな箱だった。


書類を入れるには十分だが、大きな荷には使えない。


蓋の横に、幅の広い押し金がついている。


「鍵がいるんじゃ」


「開いてる。閉めるほう」


俺は押した。


固かった。


指先だけで動かそうとすると途中で引っかかる。


手の腹を使えば閉まったが、蓋が少し浮いた。


「力が足りない?」


「その言い方を、俺もしてた」


レクは紙袋から少量の粉を取り、指へ擦り込んだ。


その手で押し金を触ると、金具はさっきより動かなかった。


「粉屋が使う。帳面をしまうたび手を洗って乾かせとは言えない。冬には指が曲がりにくい。こっちが机で開けられても、役に立たないことがある」


エルナも試し、蓋の角へ手を添えた。


「押す場所が分かりにくい。暗い部屋だと、こっちを引きたくなる」


彼は紙へ書いた。


人の批判を聞いて嬉しそうにする人間を、俺はまだ信用し切れなかったが、レクの顔には実際の困りごとが一つ減ったような明るさがあった。


「ここへ線を入れる。目でも指でも分かるように」


「前の知識で、もっと複雑な錠前を作れるんじゃない?」


言ってから後悔した。


レクは鉛筆を置いた。


「複雑なのが欲しい客には、複雑なのを作るよ」


叱る声ではなかった。


その分だけ、自分の言葉の薄さがよく分かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。