錠前を作る男
特別な人間でありたいという望みには、見苦しい足の引っ張り方がある。
俺は世界で一人だけ苦しんでいるのは嫌だった。
だが、世界で一人だけ特別でないのも嫌だった。
両方を同時に満たす条件を考えると、自分だけ優れた能力を持ち、他の人は俺を理解するために似た苦労だけしていてほしい、というあまりに都合のよい要求になる。
名簿室を出た俺は、階段の下でしばらく立っていた。
「ちょっと、思ったのと違った?」
エルナが聞いた。
「未来じゃなかった」
「それは私も意外だった」
「僕だけじゃなかった」
彼女は黙った。
簡単に、よかったね、と言わなかった。
その沈黙へ甘えて、俺は少し卑しいところまで口にした。
「それなら、僕が持ってるものって何だろうって」
「荷物。今は、それを持ってくれると助かる」
俺は彼女の肩から鞄を受け取った。
重かった。
相手の人生の意味を説明するより先に、片方へ偏った重さを直す。
彼女はいつでもできるわけではないが、そういうことを時々、俺より上手くする。
「私には、前の世界の知識がない」
階段を下りながら彼女が言った。
「それで足りないとは、思ってないよ」
「そういう意味じゃ」
「うん。でも、聞いてると時々、そう聞こえる」
反論できなかった。
港へ向かう角で、粉の袋の男がしゃがんでいた。
袋を足元へ置き、割れた木片を拾い集めている。
小さな箱の底が抜けたらしかった。
道を通る人が避け、避けるために踏みそうになるたび、男は舌打ちした。
俺は鞄を置き、転がった輪金を拾った。
「粉の人」
「錠前の人だ。粉は買ってる」
エルナが笑った。
男も、ほんの少し口元を緩めた。
「レク。あんたは?」
「ノア」
「知ってる。上で、番号を読まれてた」
俺は輪金を握ったまま止まった。
レクは俺の顔を見て、面倒なことを言ったと悟ったようだった。
「俺もだよ。違う番号だけど」
港の喧騒が、そのときだけ遠くなった。
俺は彼をまじまじと見た。
何か共通した印でも探すように。
目の色、指の形、立ち上がるときの癖。
もちろん、そんなものはなかった。
彼はただ、箱を壊して困っている若い職人だった。
「前は、どこに?」
聞くと、レクは木片を重ねた。
「ここで話す?」
その言い方で、俺は周りに人がいるのを思い出した。
*
工房は魚市場の裏だった。
高い建物に挟まれて昼も薄暗い。
窓を開けると魚の内臓の匂いが入り、閉めると炭の匂いがこもる。
どちらかが常に勝っている部屋で、レクは仕事をしていた。
卓の上に小さな金具が並び、壁には持ち主の名を紙で下げた錠前が掛かっていた。
湯を沸かすための炭がまだ赤かった。
彼はそこへ小鍋を掛け、茶と呼ぶには強すぎる匂いの葉を入れた。
「何を覚えてる?」
俺が聞くと、彼は椅子を指した。
「先に座って。立って聞かれると検査みたいだ」
俺は座った。
「白い壁。床に引かれた色の線。人が多かった。高いところに道があって、下にも道があった」
胸が一度、大きく鳴った。
「車は?」
「何だ、それ」
「人を乗せて走る、箱みたいな」
「吊られてた」
レクは湯を注いだ。
手元を見ていると、左の薬指が完全には曲がらないことに気づいた。
「医者だったことは?」
「道具を知ってた。身体の中の名前も、いくつか。でも今の言葉では分からない。子供の頃、絵を描かされた。管と刃と、光る板。あれで決められた」
同じ日本なのかと思った期待は、まだ消え切らずに残っていた。
知らないものを、似ているところだけ拾って自分の故郷へ寄せたかった。
「夜は暗かった?」
「ここより明るかったと思う」
「空に、星は」
「ノア」
エルナが呼んだ。
俺は口を閉じた。
レクの茶は冷め始めていた。
彼は俺を助けるために前世を持っているわけではない。
「ごめん」
「珍しいからな。俺も最初は聞きたかった」
「最初?」
「ほかの受理者に会ったとき」
俺の特別さは、今度は人数まで増えて削れた。
レクは火箸で炭を寄せ、仕事の卓へ戻った。
「これ、触ってみて」
小さな箱だった。
書類を入れるには十分だが、大きな荷には使えない。
蓋の横に、幅の広い押し金がついている。
「鍵がいるんじゃ」
「開いてる。閉めるほう」
俺は押した。
固かった。
指先だけで動かそうとすると途中で引っかかる。
手の腹を使えば閉まったが、蓋が少し浮いた。
「力が足りない?」
「その言い方を、俺もしてた」
レクは紙袋から少量の粉を取り、指へ擦り込んだ。
その手で押し金を触ると、金具はさっきより動かなかった。
「粉屋が使う。帳面をしまうたび手を洗って乾かせとは言えない。冬には指が曲がりにくい。こっちが机で開けられても、役に立たないことがある」
エルナも試し、蓋の角へ手を添えた。
「押す場所が分かりにくい。暗い部屋だと、こっちを引きたくなる」
彼は紙へ書いた。
人の批判を聞いて嬉しそうにする人間を、俺はまだ信用し切れなかったが、レクの顔には実際の困りごとが一つ減ったような明るさがあった。
「ここへ線を入れる。目でも指でも分かるように」
「前の知識で、もっと複雑な錠前を作れるんじゃない?」
言ってから後悔した。
レクは鉛筆を置いた。
「複雑なのが欲しい客には、複雑なのを作るよ」
叱る声ではなかった。
その分だけ、自分の言葉の薄さがよく分かった。




