塔の下の王国
灯台の下には、村の大人たちが決して認めない国があった。
王は日替わりだった。
前の日に拾ったものを持ち寄り、最も立派な品を出した者が王になる。
赤い石、欠けた馬蹄、鳥の頭蓋骨。
どれも大人に見つかると捨てられるので、俺たちは灯台の壁の窪みに隠していた。
正式な国庫である。
俺がその名をつけると、トマは字も知らないくせに感心して頷いた。
トマの家は水車で粉を挽いていた。
髪にも耳の後ろにも粉が入り込み、雨に濡れると前髪だけが固まった。
走るのが速く、物を数えるのは遅かった。
俺は後者を自分の優位と認め、前者をたまたま身体の育ちが早いだけだと判断していた。
公平という言葉が俺の口に頻繁に上る理由は、たいていそこにあった。
その日の王はアニだった。
一つ年上の、蜂飼いの娘である。
琥珀色の小さな塊を葉で包んで持ってきた。
蜜蝋だと言う。
指に挟むと体温で柔らかくなり、甘い匂いがした。
彼女はそれを俺たちに嗅がせただけで取り上げ、自分の国には女王が必要だと宣言した。
「まず、上に行きます」
アニは灯台の戸を指した。
戸は開いていた。
石工のドゥルが春の補修に入り、道具を取りに戻ったところだった。
階段の下からは湿った石と鳥の糞の匂いがした。
「怒られるよ」とトマが言った。
「国が違うから大丈夫」
俺の行政概念が悪用されていた。
もっとも、アニが先に入ると俺も続いた。
彼女の前で怖がりと思われたくなかった。
恋と呼ぶには薄く、見栄と呼ぶには少し胸がうるさい気持ちだった。
螺旋階段の内側に太い柱があり、柱には浅い溝が幾重にも彫られていた。
溝をなぞると指がひんやりした。
ところどころに金属片が埋めてある。
俺は父の描いた止め目と似た線を見つけ、胸を躍らせた。
巨大な魔法の道具。
そう考えると、何も知らない大人たちより自分のほうが真実に近い気がした。
途中の窓から村が見えた。
家の屋根は思ったより薄く、俺の家の煙突からも他と同じ色の煙が出ていた。
母がまだ家にいることが、それだけで分かった。
塔が何のためにあるかは知らなくても、帰る方向は教えてくれる。
上へ行くほど風の音が高くなった。
最後の扉の前で、アニが足を止めた。
「ここ、開かない」
錠はなかった。
扉の下端が床に食い込み、押しても引いても動かなかった。
俺は膝をついて調べた。
板が湿って膨らんだだけだ。
少し風を通して乾かせばいい。
そう言うと、トマは俺が魔法を使えるのを知っていたので、すぐに道を空けた。
差し出したのは前の会社へ通う道だった。
既に駅の名は曖昧で、何も惜しくないと思った。
風が扉の隙間へ入った。
思ったより強く、奥から何かが転がる音がした。
俺は慌てて止め目を作ったが、その前に扉が急に開いた。
アニが尻餅をついた。
細い悲鳴と、陶器の割れる音がした。
灯室は空っぽではなかった。
真ん中に大きな鉄の台があり、その上を何枚もの透明な板が花のように取り囲んでいた。
窓際には雨水を受ける鉢が置かれていた。
そのうちの一つを風が倒し、割れた破片でアニが手のひらを切ったのだった。
血は思ったより濃かった。
アニは驚いた顔で手を見つめ、次に唇を噛んだ。
泣かなかった。
それが俺をいっそう怖くした。
「風が急に入ってきたんだ」
俺は言った。
トマがこちらを見た。
「ノアの風だろ」
「だから、予想より急に」
アニは立ち上がり、蜜蝋を包んでいた葉を傷に当てた。
トマが自分の上着を脱いでその上から巻いた。
俺は、どちらも思いつかなかった。
責任がどの程度自分にあるかを計算することに、頭を使いすぎていた。
ドゥルが戻ったときには、俺たちは階段の下に座っていた。
老人はアニの手を見て、まず母の家へ行くよう言った。
それから灯室へ上がり、俺を呼んだ。
「鉢は誰が直す」
「弁償する」
金など持っていなかったが、言うだけなら大人らしい。
「金は要らん。土を運べ。焼くのを見ろ。幾日かかるか覚えろ」
老人は破片を拾った。
俺も拾おうとして、床の石に刻まれた文字に気がついた。
『帰る者の――』
先は金属台の下に隠れていた。
ドゥルに聞くと、昔の祈りだろうという答えが返った。
「何が帰るの」
「知らん。鳥じゃないか」
老人はさして気にしなかった。
屋根には実際に鳥が巣を作っていた。
俺はもっと大きな謎に触れた気分になり、アニの傷を少しだけ忘れた。
母はアニの手を洗い、細い針で傷を閉じた。
俺は台所でその背を見ていた。
「魔法で治せないの」
「この深さなら、縫って休ませるほうがいい」
「痛いでしょ」
「だから、痛みを減らす薬を使ってる」
母の声音が平らだったので、それ以上聞けなかった。
針を使う手に迷いがなく、アニは膝の上の布を握りしめていた。
俺は自分だけが何も失っていないことに居心地が悪くなり、その不快さを母の厳しさのせいにした。
夜になって、母は俺に紙を一枚渡した。
「何があったか書いて」
「紙、高いんじゃないの」
「高いわよ」
俺は出来事を書いた。
扉が開かず、魔法を使い、思いがけず風が強くなった。
母は読み終えると、思いがけず、のところへ指を置いた。
「アニは、あなたに開けてほしいと言った?」
「言ってないけど、開かないって」
「試すから離れて、とは言った?」
俺は答えなかった。
母はその沈黙を待ってから、紙を返した。
「大事なことは紙に書いておきなさい。人間は忘れる生き物だから」
「こんなこと、忘れたいよ」
「うん。だから書くの」
書き直すための紙はもらえなかった。
俺は最初の文章の下に、小さな字で付け足した。
アニを驚かせたかった。
上手いと思われたかった。
離れるように言わなかった。
母はそれを読もうとせず、紙を折るための糊を持ってきた。
翌日、アニの家へ謝りに行くと、彼女は傷のない手で蜂の巣枠を拭いていた。
俺がもう魔法を使わないと言いかけると、彼女は眉を上げた。
「そういう約束、しなくていい。するでしょ、どうせ」
「……まあ」
「今度から先に言って」
許されたと思い、俺は嬉しくなった。
そこで調子に乗って、トマの上着は洗って返したのかと聞いた。
「返した。ありがとって言った」
「僕にも?」
アニは布を絞った。
黄色く濁った水が桶へ落ちた。
「何の?」
俺には答えがなかった。
帰り道、彼女がトマに礼を言ったことだけを思い出して腹を立てた。
その感情まで紙に書く気には、さすがになれなかった。




