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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
明日へ返す灯
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明日へ返す灯

冬の入り口に、灯台の灯器が新しくなった。


古い装置の全部を動かす必要はもうなかった。


湾に船が出る日は、油の灯りを硝子で集めて回す。


海を海として保つための強制的な保持は切られ、土地と水は、それぞれの重さでそこにある。


境の揺れを調べるときだけ、小さな記憶の封片を使った。


その代償を、仕事の記録から隠さないことにした。


海が戻っても、世界が優しくなったわけではなかった。


塩で駄目になった果樹があり、補償の穀物が届くのが遅れ、帰還者を余所者と呼ぶ声もあった。


市の記録院ではベレスの責任を調べる手続が続いていた。


彼が全ての悪事を背負って消えればよいという話にはならず、彼の上に署名した人間と、署名しないで利益を受けた者の記録も開かれた。


俺は時々、自分までまた呼ばれるのかと怖くなった。


呼ばれれば行く。


そう決めることと、怖くないことは別だった。


家ではセラが窓の隙間に文句を言い、母と洗濯のやり方で揉めた。


十七年ぶりの姉妹は、思ったより早く喧嘩を始めた。


母は喧嘩のあとで泣き、妹は泣かれると怒りにくいと言って困った。


二人の新しい関係は、美しいだけのものにはならなかった。


五脚目の椅子は、もう空いていなかった。


だが誰が座るか決まったことで、逆に自由になった。


セラが出かけているときは、荷物を置ける。


本人に聞けば、足台にもできる。


そこに座る人の意見を確かめられることが、こんなに普通で、こんなに大きな変化だとは思わなかった。


その夜、俺は灯室で当番に就いていた。


机には二冊の帳面があった。


一冊は今日の水位と風向き。


もう一冊は個人的な日記だった。


エルナとの夕食で、俺が料理の量を多く見積もりすぎたことを書いた。


彼女は残りを翌日の昼に食べようと言った。


何でも一夜で使い切る必要はない。


日記の最初のほうには、強い筆圧の一文が残っていた。


『この女を忘れるな。お前はこの人を愛している』


俺はその下に、新しい日付で書き足した。


『命令はできない。でも、今日も会いたかった』


過去の俺と今の俺が、それで和解したわけではない。


俺はいまだに、勝手なことをしやがって、と思う。


前の俺も、今の俺が何を失い何を選ぶか知れば、文句を言うだろう。


全員が同じ意見でなくても、一人分の人生は続いてしまう。


戸が開き、エルナが温かい飲み物を持って入ってきた。


今夜は仕事をしないつもりだったのに、古い番号が気になったという。


彼女らしいと思った。


その感想を、俺は自分で得た。


「お父さん、今日私の名前を呼んだ」


彼女は言った。


「思い出した?」


「分からない。机の札を読んだだけかもしれない」


彼女は器を置いた。


「でも、嬉しかった」


俺は頷いた。


どちらかを決めなければ喜んではいけない、ということはなかった。


海の向こうで、光が点いた。


最初は星が水面に映ったのだと思った。


だが雲は低く、光は同じ場所で三度続けて瞬いた。


消え、長く間を置き、二度点いた。


俺は器を置いた。


エルナも窓へ来た。


「あれ、船?」


「分からない」


俺たちは黙って数えた。


三度、間、二度。


繰り返された光の下に、細い影があった。


塔に見えた。


ここから見えるはずのない距離に、白いものが立っていた。


机の上で、古い受信環が小さく鳴った。


エルナが記録を取り、俺は父に教わった止め目が閉じていることを確認した。


勝手に触れなかった。


灯りだけを受けた。


金属帯に、知らない文字が少しずつ浮いた。


その脇に、かろうじて読める古い共通字があった。


『第七岸、復灯を確認。帰還者名簿を照会したい』


俺たちの湾を指す番号らしい。


第七、という数を、エルナが声に出した。


その下に、さらに一行があった。


『こちらには、そちらでまだ生まれていない者の記録がある』


俺は長いあいだ文字を見ていた。


海の向こうに世界があることは、想像していた。


別の灯台、別の人々、別の歴史。


だが彼らもまた、自分の地図の外にいる誰かを待っているのかもしれなかった。


エルナが新しい紙を出した。


「返事、どうする?」


俺は遠い光を見た。


すぐに行きたいという欲が湧いた。


知りたい。


自分の前世のことも、この世界のことも。


知らない人に少し賢く見られたい気持ちさえ、残っていた。


それから、下の家を見た。


父母と姉と叔母が眠り、明日の鍋が台所にある。


返す金と、修理する窓と、約束した食事がある。


「まず、名乗ろう。それから、勝手には迎えに来るなって」


エルナが笑った。


「こっちも勝手に行かない?」


「相談してから行く」


「今の、書くよ」


「書いてくれ」


俺は灯器の覆いを動かした。


決められた短い応答を、三度。


古い魔術を開かなくても、届く光はあった。


海の風が窓を鳴らした。


明日の天気は、まだ分からなかった。


俺は帳面の空いている頁を開いた。

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