灯台守の給金
海が戻った翌日から、俺には仕事があった。
灯台の鍵を預かり、出入りを記録し、風と水位を測った。
故障した部分の一覧を作り、修理を頼んだ。
塔の窓に塩がつくと光が散るので、毎朝拭かなければならなかった。
昔の灯台守が英雄だったかどうかは知らないが、少なくとも窓拭きには詳しかったはずだ。
給金は高くなかった。
俺は村長と交渉した。
世界の謎を救った者としてではなく、高い場所で働き、夜中にも起こされる仕事として増額を求めた。
村長は渋り、父は横で笑い、エルナは勤務の記録を出した。
結局、夜間の呼出し一回ごとに手当がつくことになった。
英雄なら金の話をしないのかもしれない。
だが俺には返す金があり、食べたい物があり、できれば働かずに暮らしたいという昔の願いも、完全には消えていなかった。
違うのは、その願いを他人の記憶で叶えるのを、以前よりためらうようになったことだった。
記録工房は、都市と村に二つになった。
オルネはロスカに残り、エルナが月に何度か往復した。
村には彼女のための机を置いた。
俺の机と隣り合わせにするか聞くと、窓の光がいいところ、と答えたので、少し離れた場所になった。
俺は不満を言わなかった。
顔には出たらしい。
彼女は机を運ぶ俺を見て、笑った。
彼女が作り始めたのは、独立した記録の束だった。
役所の台帳は必要だが、それ一つだけに人の存在を預けない。
家族の証言、本人の言葉、物に残る痕、取引の控えを別々に保存し、違いがあってもすぐに一つへ揃えない。
誰が何を知らないかを、余白に記す。
作業は遅く、儲からず、感謝されない日もあった。
役所の字と違うから間違いだと怒られることもあった。
それでも彼女は続けた。
俺が彼女の目指すものを好きだと思ったのは、日記にそう書いてあったからではない。
実際に、彼女が誰の話をどれだけ待つか見たからだった。
ロイが村へ来たのは秋だった。
旅には付き添いが必要で、タヴィとユルが一緒に来た。
二人はこの頃、一つの家の二つの部屋で暮らすことに慣れたらしい。
婚姻を続けることを、ひとまず一年ごとに確かめる約束をしたという。
ロイは海を見て、初めて見る、と言った。
幼い頃に見た可能性はあった。
誰も訂正しなかった。
エルナは父の隣へ座り、戻った封片の一つを開くか聞いた。
ロイにはその日の説明が届いた。
彼は長く考え、今日は景色を見たい、と答えた。
彼女は小箱を閉じた。
少し残念そうだった。
だが箱を父の膝へ押しつけなかった。
「それなら、今日はそうしよう」
二人は同じ水面を見た。
ロイが海の色について話し、エルナが頷いた。
彼が明日忘れるかもしれない会話だった。
それでも、今そこで交わされたことまでなくなるわけではなかった。
俺は少し離れて、灯台の外壁を磨いていた。
仕事をしながら見守っているふりだったが、半分は本当に仕事だった。
残り半分については、彼女に見抜かれていたと思う。
夕方、エルナが俺を誘った。
港と呼び始めた石段の下で、波が小さく崩れていた。
船はまだ川舟を改造したものが二艘だけで、誰も沖へ出ようとはしなかった。
知らない水には、知らない危険がある。
俺も、その慎重さを笑わなくなっていた。
「日記、まだ読んでる?」
彼女が聞いた。
「読む。でも、最近のほうが多い」
「私のことは」
「今のことを書く」
エルナは頷いた。
足元へ来た水を避け、石段を一つ上った。
俺も上った。
「私、以前のノアに戻ってほしい日は、まだある」
「うん」
「戻らないって分かってても」
俺は彼女を見た。
彼女は水面を見ていた。
「今の僕を、好きになってほしいと思ってる」
言うと、声が少し乾いた。
「前の僕がそうだったからじゃなくて。と言っても、前の僕の借金も迷惑も引き継いでるから、都合のいい分け方なんだけど」
エルナが笑った。
「分けきれないよね」
「うん」
「私も、昔と今をきれいには分けられない。でも、今あなたに会うのが楽しみな日がある」
俺はその言葉を、必要以上に大きな約束へ変えないようにした。
「明日、夕食を一緒に食べない?」
「いつも食べてる」
「二人で。仕事の帳面を閉じて」
彼女は少し考えた。
「焦げてないパンで」
「覚えてる」
俺は答えた。
その答えは、試験の正解ではなかった。
彼女が今、何を望んでいるか知っているという返事だった。
エルナは俺の手に触れた。
俺が握り返す前に、一度こちらを見た。
俺は頷いた。
波が引くと、石段の濡れた部分が夕陽を細く返した。




