帰ることは、出ていくこと
二十人を連れて地上へ出れば済む、と俺は思っていた。
道が繋がったのだから、今すぐ歩けばよい。
そんな説明をしかけたとき、少年が首を振った。
「祖父さん、階段は無理」
奥にいた老人は胸を悪くしていた。
長い螺旋階段を抱えて上るには、担ぎ手も休む場所も必要だった。
子供たちは地上の風を知らず、地面の続きに空があると聞いて怖がった。
ここに残した墓をどうするのかという話も出た。
若い男は、こちらで生まれた子の戸籍はあるのかと聞いた。
向こうの国に入ると、知らない王に税を払うのか。
今は持っていない金を借りることになるのか。
仕事は何をするのか。
俺は答えを持っていなかった。
ダナが腰を下ろし、紙を広げた。
家ごとに必要なものを書き始めた。
エルナは名前を一人ずつ本人に確かめた。
セラは炊いた粥を出した。
俺は、戻ってきたら解決するという話を引っ込めて、器を配った。
夕食の前、父は地上へ知らせを持って帰った。
セラは扉の前まで見送ったが、ついて行かなかった。
「姉さんに、会いたい。でも今日はここの子が熱を出してる」
彼女はそう言った。
俺たちの家の椅子は、彼女を待つ場所だった。
彼女を拘束する場所ではなかった。
その違いを、俺はまだ何度も教わる必要があった。
地上では別の問題が待っていた。
海の縁を戻すには、灯台の保持を少しずつ変える必要がある。
閉じ込められた土地だけを現在の地面へ重ねたまま人を通せば、圧の偏りが都市と村を行き来し続ける。
通路を閉じればまた人が失われる。
安定させるには、押し込めていた水と距離に場所を返す必要があった。
ダナの測量では、村の東の麦畑と三軒の家が、戻る水際にかかっていた。
寄り合いで、俺は地図を示した。
村長は最後まで聞き、三軒の持ち主の顔を見た。
「それで、うちは何処へ行けばいい」
一人が聞いた。
俺は高台に土地があると答えた。
その人は笑わなかった。
「高台に土地があることは知ってる。家を建てる金は。林檎は何年で実をつける。母親の墓を、どこへ移す」
正しい質問だった。
俺は地図の青い線が、他人の暮らしを簡単に横切ることを知った。
父が口を開いた。
「まず、このまま何もしない場合を聞こう」
オルネが説明した。
故障を修理せずに保つには、毎年多くの記憶が必要になる。
その徴取がどこまで広がるか分からない。
既に都市で事故が起きている。
今日戻すか永遠にこのままかという二択ではなく、いつ、どの危険を、誰が負うかという話だった。
会議は日暮れまで続いた。
俺の案はそのままでは通らなかった。
三軒の移転費、畑を失う家の当面の食料、戻る二十人の権利を市と交渉し、揃うまでは大きな操作をしないと決まった。
俺は悔しかった。
正しいことをしているつもりだったからだ。
家へ戻る道で、エルナにそれを言った。
「待ってる人がいるのに」
「ここにも住んでる人がいる」
彼女は答えた。
「あなたが誰かを助けたいとき、別の誰かが払うことを、先に決めないで」
俺は何も言えなかった。
彼女の言葉を、前の俺も何度か聞いたのだろうか。
日記には書かれていなかった。
書くのを忘れたのか、書きたくなかったのか。
それも、もう確かめられなかった。




