↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
灯を消す者、帰る者
PR
178/196

妻の枕

寝ようとして、枕の下に木片があるのに気づいた。


首を上げると、エルナが手を伸ばして取った。紙を押さえる板だった。角に糊が付いている。


「忘れてた」


「僕を乾かすつもり?」


「もっと平たくなるなら」


彼女は板を寝台の下へ置いた。


昨日裂けた裾は、宿の女から借りた針で直してあった。縫い目を隠す気はあまりなかったらしく、糸の色が布と違う。俺が触ると、彼女はくすぐったそうに膝を引いた。


部屋の灯りを小さくすると、港から声が聞こえた。夜番が酒を飲んでいる。声の大きさから酒の残量を推定しようとして、途中でやめた。向こうもあと二日で、どの船を見張ればいいのか変わるのだろう。


ラウゼンが冬の給金へさらに積んだ額を話すと、エルナは眉を上げた。


「断ると、上がるんだ」


「次に断れば、もっと上がるかもしれない」


「次まで残ってたくない」


俺はうなずいた。


その額で買える物を、二人で一度だけ想像した。彼女は俺の肩へ額を寄せた。いつも使う石鹸とは違う、宿の強い草の匂いがした。


「仕事部屋は、やっぱり欲しい」


彼女は言った。


俺は薄い壁を見た。村の家でも、今より広い机が要る。二人で暮らし始めてから、買いたい物は減るどころか増えた。俺が稼ぐ理由として、十分すぎるくらいだった。


「少しずつ大きくしよう」


言ってから、借家の壁を勝手に抜く権利はないと思い出した。


「机を」


付け足すと、エルナは声を殺して笑った。


その笑いが収まっても、額は俺の肩から離れなかった。


しばらくして、彼女が言った。


「昨日、窓の外へ足を出してから、怖くなった」


「こっちは、最初から怖かった」


「見た」


「見えてたなら、待ってほしかった」


「戸を開けてって頼んだ時、私の話を聞いてなかった。何を持ってるかばかり見てた」


俺は彼女の背へ手を置いた。


門の外で彼女を待つことはできた。帳面を返し、朝まで宿へ戻ることもできた。だが、明日、塔の人間がもっと上手に彼女を閉じ込めるかもしれない。彼女もそれを考えたのだろう。


俺たちは、もう観察のためにここにいる二人ではなかった。


「明後日は、東岸へ行く」


エルナは言った。


「塔の中にいたら、船が着いたのを自分で見られない。あそこからなら、帰ってきた人を止められない」


「僕は塔へ戻る」


彼女の指が、俺の上着の縫い目をなぞった。


「帰りが遅くなったら、待つ。でも、待つのを仕事にされるのは嫌」


俺は彼女の顔を見た。


「遅れないようにする」


簡単に口にしたくない言葉だった。しかし何も約束しないで、この柔らかい額を抱えている方が、俺にはずるく思えた。


エルナは顔を上げ、俺の顎を見た。


「ここ、まだ赤い」


「明日、誰に殴られたと聞かれたら」


「窓から落ちてきた妻」


「強そうだな」


「強いよ」


口づける時、彼女は赤い所へ触れないよう、俺の顔を両手で支えた。俺は妻の腰へ手を回した。灯りを消す前に、枕の下へほかに物がないかを確かめた。


今夜はもう、硬いものに首を預けたくなかった。


*


朝、イサナの部屋へ行くと、籠が包まれていた。


中には黄色い実が四つと、小刀、古い櫛、靴下が一足。出て行く用意だった。


「全部、持っていくんですか」


俺が言うと、彼女は俺の道具袋を見た。


「お前のより軽い」


確かにそうだった。


イサナは南の通用口から出ようとしていた。ところが、昨日まで内側にあった鍵がなかった。外から見回りが戸を叩き、主階段を使うよう告げた。


主階段の先には、締結の支度が済むまで待つための椅子が置かれていた。


俺はその椅子を見た。


毛布まで用意してある。座れば暖かく、誰かが湯を持ってくるのだろう。それから、あと少しだけと頼まれる。昨日も、先月も、何年も前から、同じ言葉だったのかもしれない。


イサナは籠を腕へ掛け直した。


「昼までに戻る。市場で実を買う」


見回りは困った顔をした。


「必要な物は運ばせます」


「酸いのを自分で選びたい」


返事がなかった。


俺は一歩、彼女の横へ出た。


見回りの手が腰へ動いた。短い棒だった。刃ではない。それでも、腕へ当たれば骨に響く形をしていた。


「ここで止めたら、今日は僕も働きません」


口に出すと、思っていたより震えていなかった。


若い当番が上から下りてきた。昨日、イサナに先生と呼んでいた男だ。


「僕が代わりに座れます」


見回りが振り返った。


「普通の受信だけなら。先生に何度も習いました」


男はイサナを見ずに言った。イサナも礼を言わなかった。ただ、鍵を持つ見回りへ手を出した。


俺たちが門を出るまで、誰ももう一度止めなかった。


市場は塔のすぐ下にあった。


イサナは黄色い実を一つずつ持ち上げ、店の女と値を争った。塔でどれほどの仕事をしているかを知る者が見れば、もっと丁重に扱えと思ったかもしれない。だが、店の女は酸い実を選ぶ客として、遠慮なく悪口を言った。


イサナは、俺が知っているうちで一番楽しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。