閉められた門
夕方、エルナは宿へ帰ってこなかった。
飯が冷める前に迎えに行ったのは、俺が優しい夫だから半分、もう半分は、待っていた証拠を温かいうちに見せたかったからだ。食堂の女は、椀の上へ皿を伏せておくから急ぐなと言った。俺は優しい夫の割合を少し減らされた気分で外へ出た。
東岸の小屋の前には、荷車が横向きに止まっていた。
車輪に楔が入り、戸へ届く道を塞いでいる。エルナは車の反対側にいた。窓を開け、こちらを見下ろしていた。
「門を閉められた」
「何をしたの」
「帰った船と、帰ったことにする船を数えた」
窓から古い帳面が一冊出た。
「受けて」
俺は両手で受け取った。見た目より重く、胸へ当てると埃が鼻へ入った。
「それは持出しではない」
後ろから声がした。
昼に塔で見た見回りだった。もう一人が荷車の横へ回り、俺の戻る道を塞いだ。
「借りる許しはもらった」
エルナが窓から言った。
「一つ前の当番には。今は出せない」
「今朝の扱いを、見せたくなくなっただけでしょう」
「あなたには、明朝塔で話を聞く」
男は俺から帳面を取ろうとした。
俺は半歩引いた。引いた足が、荷車の引き棒に当たった。背中を向ければ、帳面は守れても、窓にいるエルナを残すことになる。
この角度は嫌だ、と身体が先に思った。
俺は男を見た。
「妻を出してください」
「帳面を戻せば」
「中に人がいるのに、外から塞ぐな」
声が大きくなった。
港の何人かが振り返った。男はそれを見て、少しだけ唇を噛んだ。人を殴ることに慣れている顔ではなかった。命じられた範囲を越えず、上手に物事を片づけたい顔だった。
そこへエルナが、窓枠へ片足を出した。
「待って」
俺は彼女を見上げた。
「ちゃんと受けて」
「帳面が」
「荷台」
言われたとおり帳面を置いた。彼女は鞄を先に落とし、窓の桟へ両手を掛けた。裾が釘に引っかかった。俺の胃が痛くなるほどゆっくり、身体が外へ移った。
見回りが手を伸ばした。
俺はその腕を払った。拳は作らなかったが、強く当たった。男が声を上げる。エルナの足が俺の肩へ触れ、次の瞬間、彼女の体重が胸へ落ちた。
足が半歩滑った。
背を荷台へぶつけて止まった。エルナの肘が顎へ当たり、俺は舌の端を噛んだ。綺麗に受け止めて見つめ合うには、互いに荷物が多すぎた。
「降ろして」
彼女の声で膝を曲げた。
着地した途端、もう一人が帳面を取った。
俺は追いかけようとしたが、エルナが袖を引いた。
「行くよ」
「あれを」
「いい。ほしい所は読んだ」
彼女は鞄を拾い、港の方へ歩き出した。俺はその横へ付いた。見回りが呼び止めたが、周囲から人が寄ってきていた。窓から女を出すまで門を開けなかったことについて、漁師の一人がかなり大きな声で意見を述べ始めた。
角を曲がってから、エルナは足を止めた。
壁へ背をつけ、片手を胸へ当てた。俺も息が上がっていた。顎がじんじんした。
「痛かった?」
彼女が聞いた。
「結構」
「ごめん」
「助け方の相談を、もう少し早く」
「私もそう思う」
エルナはしゃがみ、裾の裂け目を見た。靴に乾いた白い粉が付いていた。今朝、俺が濡らした靴だった。
「帰着の新しい印、空の台船にも押してた」
彼女は言った。
「札を先に運ばせて、持ち主が後で帰る。貨物の控えでは、それで済むことがある。でも、枝を閉じる時に同じことをしたら、人が残る」
「わざと?」
「ラウゼンの指示は、残っている船を港の責任で引き受ける、だった。実際に家へ帰ったこととは違う。それを、主塔では同じ閉鎖に使ってる」
彼女の声は震えていた。怖さだけではなかった。もっと読みたかったのに途中で閉められた怒りも、俺には分かった。
「紙を取り戻す?」
俺が聞いた。
エルナは首を振った。
「人を数える。船が着く所にいる」
立ち上がろうとした彼女へ、俺は手を出した。
今度はうまく支えられた。彼女の指が、俺の掌へ少し長く残った。
宿へ帰ると、椀は温かかった。
食堂の女は、俺の顎とエルナの裾を見て何も聞かなかった。代わりにパンを二つ増やした。俺はその夜、彼女のつけた宿代の丸め方について、初めて文句を言わなかった。




