酸い実の籠
イサナの部屋には、黄色い実の皮が積んであった。
椅子の肘に小刀が置かれ、床に落ちた皮だけは足で寄せてある。俺が拾おうとすると、彼女はそれは食べないと言った。
「そういうつもりじゃ」
「若い男は量を食うからね」
窓際の籠を指したので、一つ取った。爪を立てると、皮から細かい汁が散った。匂いが鼻を抜ける。口へ入れた瞬間、顎の奥が痛くなった。
イサナは俺の顔を見て笑った。
「うまいだろ」
「目が覚めます」
「その答え、嫌いだよ」
彼女の声には張りがあった。けれど、皮を剥く手はときどき止まった。小刀を持っているのを忘れたように机を見て、それから、何をしようとしていたかを思い出して刃を動かす。
俺は七人の話をした。
彼女の指が止まった。
「昨日の夕方、戻った船は一つだった」
「こっちの港と同じ数です」
「二つの帰着は、私を通ってない」
膝の布を払って立ち上がる時、椅子に手をついた。俺が支えようとすると、先に目で止められた。そのくせ、扉の前で外套を取ってくれと言う。何を頼まれ、何を勝手にするのか、その境目が人によって違う。俺は外套を肩へ掛け、襟の内側の髪をそっと引き出した。
照合室へ入ると、油と熱い鉄の匂いがした。
石壁の内側に、幅の違う金属の輪が三つ重ねてある。一番古い輪はところどころ丸く擦れており、後から添えた細い輪には、細かな刻線が密に走っていた。最初の仕組みが人の帰着を一つずつ確かめるものだったことは、もう分かっている。問題は、その上へ何を足し、何を閉じずに残したかだった。
若い当番が俺たちを見ると、立ち上がった。
「先生。今朝は下で待つようにと」
「誰の先生だい」
「僕のです」
「なら、そこを見せて」
男は引かなかった。腰の鍵へ手を触れ、窓の方を見た。外に見回りが一人立っていた。
イサナは息を吐いた。
「お前、ここへ来て最初に何を取り違えた」
男の耳が赤くなった。
「その話は」
「答えな」
「出た時の印と、戻った時の印です」
「今日は?」
男は机を見た。
俺はその視線を追った。表向きの帰着板は二本とも閉じていたが、裏に回る細い線が、主輪の内側へ入っている。元の枝から返ってきたものを受けた形ではない。中央が自分の名で、枝の返事を代わりに書いていた。
手が勝手に道具袋へ近づいた。
まだ触るな、と自分へ言った。触ればすぐ外せる位置だった。簡単に直る物を見ると、人間は大変な事情より先に、その簡単さへ飛びつきたくなる。
「この二本、船からの帰着じゃないですね」
男は返事をしなかった。
イサナが机へ近づいた。
「枝を締めたあとの代行印だ。まだ船があるうちに、入れたんだね」
男は小さくうなずいた。
塔の外で足音が止まった。
「暫定の扱いです」
ラウゼンが言った。
外套を片腕に掛け、朝の風で髪を乱していた。塔へ入る前に港を歩いたらしく、長靴の縁に魚の鱗が一枚付いている。磨いた靴で机の向こうから命じるだけの男なら、俺はもっと気楽に嫌えただろう。
「その二隻は外の停泊所にいます。こちらへ来る経路は別に取れる」
「取れる道と、帰ってきた人は違います」
早口になりかけたので、俺は一度息を吸った。
「港の家族へ、帰ったと伝わっています」
ラウゼンは若い当番を見た。男はさらに顔を赤くした。
「伝え方を直します」
「板も戻してください」
「中央への締結が済めば、個別の板は使わない」
「まだ済んでない」
イサナの声が、俺の声に重なった。
彼女はその二本を抜き、自分の前へ置いた。若い男が息を呑んだ。見回りが扉を半分開けたが、ラウゼンが手を上げて止めた。
「あなたを休ませるためでもある」
ラウゼンが言った。
イサナは彼を見なかった。
「私を連れて外へ出て、そう言いな」
照合室の空気が変わった。丸い窓の端から風が入り、机の紙が一枚めくれた。誰も押さえなかった。
ラウゼンは外套を椅子へ掛けた。
「ノア。話がある」
俺は彼の顔を見た。怒っていると思ったが、疲れの方が強かった。だからといって、今朝の七人をその疲れへ含めてしまう気にはなれなかった。
「ここで聞きます」
「君の仕事の話だ」
頭の中に、嫌な形で金額が浮かんだ。
この期に及んで、俺はまだ高い報酬に反応するらしい。自分でも少し安心した。聖人になっている場合ではない。家へ帰れば、妻の乾燥棚と俺の作業台を、同じ狭い部屋へ収めなければならないのだ。
イサナは俺の背を軽く叩いた。
「行っといで。こっちは私が見てる」
小刀を持っていない方の手だった。その指先に、黄色い実の汁の匂いがした。




