↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
帰りたい岸を選ぶ
PR
171/196

帰る前に閉じる

レンネルの港には、冬になかった色があった。


干した小魚の銀色と、舟の底へ塗り直した赤。まだ冷たい風の中で、子供が裸足になり、母親に呼び戻されていた。


大潮まで、九日あった。


俺たちは前の日に着き、道具を運び終えたばかりだった。


ダナは先に外枝へ行っていた。低い桟橋から上がる人の足場と、帰る荷の置き場所を確かめるためだ。サーヴァとユストのミソサザイは、港で帆を乾かしながら、最後に使う便の予定を見ていた。


俺は、残りの仕事を数えた。


新しい金具を入れる前に、戻る船の数と、実際に人が着く岸を揃える。普通の海へ移した便は、冬より増えていた。全部がうまくいったとは言えないが、一度も出せないという段階は越えていた。


このまま減らし、帰して、終える。


それが、ここへ来た目的だった。


朝、港口の柱へ新しい板が打たれた。


字は大きかった。


春の最も高い潮を過ぎ、引き始めた時刻に、中央の締結を行う。


俺はそこで止まった。


下の一行を、もう一度読んだ。


未帰着の有無によらず、外枝を閉じる。


槌を持った男が、最後の釘を打った。


俺は彼へ聞いた。


「昨日までの予定と違う」


男は俺を見た。


「上から、これを貼れって」


「ラウゼン?」


男が頷いた。


俺は文字へ目を戻した。


一行増えただけだった。


帰ってから閉じる。


帰らなくても閉じる。


この違いは、線を引いて整理すれば消えるものではなかった。


俺は塔へ向かった。


エルナは宿で、修復した控えをまとめていた。途中で立ち寄り、何を見たか伝えると、彼女はすぐに上着を取った。


「私も行く」


「岸の方を、先に見てほしい」


言うと、彼女は俺を見た。


俺は息を整えた。


「僕が聞いてくる。戻ってない船が、何隻いるか。あの札を、見てきてくれる?」


エルナは少し考え、頷いた。


「あとで、話したこと全部聞く」


「うん」


彼女は袋を持ち、俺とは別の道へ出た。


塔の戸口には、二人の男が立っていた。


冬にはいなかった人間だった。俺の名を聞き、持っている道具を見た。通されるまでの短い時間が、妙に長く感じた。


ラウゼンは、図の前に立っていた。


俺が入ると、用件を聞く前に言った。


「見たか」


「戻ってから閉める約束だった」


俺は答えた。


「帰着を優先することは変えていない。九日ある」


「九日後、帰っていない船は」


ラウゼンは、机の端の部材へ手を置いた。


春に替える、新しい締結の金具だった。真新しい金属の下に、古い部品を切り取った跡が見える。先に運び込み、職人が合わせ終えていた。


「潮は待たない。次の作業の潮まで、古い継ぎ目を保たせられる保証がない。イサナも、これ以上、同じ負担を引き受けられない」


「だから、帰す数を先に減らすんじゃなく、新しく入れないと決めた」


俺は声が速くなるのを感じ、いったん止まった。


ラウゼンは俺の顔を見ていた。


「待っている荷を全部止めれば、中央の冬の蓄えまで削る。私は、ここを飢えさせる決定はできない」


「外にいる人の帰りを切る決定は、できるんですか」


部屋の空気が止まった。


俺は自分の掌を開いた。


爪が食い込んでいた。


ラウゼンは、ゆっくり机から手を離した。


「私は、全部を助けられると言わない」


「僕も言っていない。戻ってくるはずの人を、こちらから閉じ出すなと言ってる」


彼は答えず、窓の外を見た。


港には船がいた。荷を降ろす人と、乗せる人。そこだけ見れば、いつもの春だった。


「君の仕事は、帰着を早めることだ」


ラウゼンは言った。


「そのための道具も人も、使ってくれ。だが、切替の期限は動かさない」


俺は机の図へ目をやった。


旧い一巡の線が、中央へ戻す太い線の下に隠れていた。あの線を読むために、俺たちは山を歩き、海へ下り、人の仕事の跡を見てきた。


口で言い合っているだけで、九日が過ぎるのは嫌だった。


「今から、帰る船を確かめます」


俺は言った。


「調べた結果を、人数を減らすために使わないでください」


ラウゼンは答えなかった。


廊下へ出ると、イサナが椅子へ座っていた。


俺を待っていたのか、途中で休んでいただけなのかは分からない。膝の上に、黄色い果実を一つ載せていた。


「怒ってるね」


彼女は言った。


「はい」


俺は答えた。


「あんたが怒っても、海は静かにならないよ」


「分かってます」


イサナは頷いた。


「なら、使えるうちに、使いな。この頭も、この塔も」


俺は彼女を見た。


「外へ出る話は、やめてない?」


聞くと、彼女は鼻で笑った。


「やめたら、ここであんたを待ったりしない」


俺は頷き、彼女の椅子が通れる幅を確かめてから廊下を進んだ。


外へ出ると、エルナが港から上がってきた。


手に木の札があった。船へ渡す片割れと、岸へ残す片割れが対になる札。彼女は一つを俺へ見せた。


「まだ帰っていない分。日付を確かめてる」


俺は受け取り、重さを感じた。


軽い木だった。


これを一枚減らすのは簡単だろう。紙の上なら、一行飛ばせばよい。だが、船の上にいる人間は、それで岸へ上がれない。


俺は札をエルナへ返した。


「サーヴァたちの所へ行こう。実際の船と、合わせたい」


彼女は頷いた。


坂を下る途中で、俺の手へ彼女の手が触れた。


握ると、指が冷たかった。


「帰りが遅くなるかも」


俺が言うと、エルナは海の方を見た。


「うん。でも、帰る家は変えない」


港の向こうで、帆が一枚開いた。


俺たちは手を離し、舟のある方へ歩く速度を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。