帰る前に閉じる
レンネルの港には、冬になかった色があった。
干した小魚の銀色と、舟の底へ塗り直した赤。まだ冷たい風の中で、子供が裸足になり、母親に呼び戻されていた。
大潮まで、九日あった。
俺たちは前の日に着き、道具を運び終えたばかりだった。
ダナは先に外枝へ行っていた。低い桟橋から上がる人の足場と、帰る荷の置き場所を確かめるためだ。サーヴァとユストのミソサザイは、港で帆を乾かしながら、最後に使う便の予定を見ていた。
俺は、残りの仕事を数えた。
新しい金具を入れる前に、戻る船の数と、実際に人が着く岸を揃える。普通の海へ移した便は、冬より増えていた。全部がうまくいったとは言えないが、一度も出せないという段階は越えていた。
このまま減らし、帰して、終える。
それが、ここへ来た目的だった。
朝、港口の柱へ新しい板が打たれた。
字は大きかった。
春の最も高い潮を過ぎ、引き始めた時刻に、中央の締結を行う。
俺はそこで止まった。
下の一行を、もう一度読んだ。
未帰着の有無によらず、外枝を閉じる。
槌を持った男が、最後の釘を打った。
俺は彼へ聞いた。
「昨日までの予定と違う」
男は俺を見た。
「上から、これを貼れって」
「ラウゼン?」
男が頷いた。
俺は文字へ目を戻した。
一行増えただけだった。
帰ってから閉じる。
帰らなくても閉じる。
この違いは、線を引いて整理すれば消えるものではなかった。
俺は塔へ向かった。
エルナは宿で、修復した控えをまとめていた。途中で立ち寄り、何を見たか伝えると、彼女はすぐに上着を取った。
「私も行く」
「岸の方を、先に見てほしい」
言うと、彼女は俺を見た。
俺は息を整えた。
「僕が聞いてくる。戻ってない船が、何隻いるか。あの札を、見てきてくれる?」
エルナは少し考え、頷いた。
「あとで、話したこと全部聞く」
「うん」
彼女は袋を持ち、俺とは別の道へ出た。
塔の戸口には、二人の男が立っていた。
冬にはいなかった人間だった。俺の名を聞き、持っている道具を見た。通されるまでの短い時間が、妙に長く感じた。
ラウゼンは、図の前に立っていた。
俺が入ると、用件を聞く前に言った。
「見たか」
「戻ってから閉める約束だった」
俺は答えた。
「帰着を優先することは変えていない。九日ある」
「九日後、帰っていない船は」
ラウゼンは、机の端の部材へ手を置いた。
春に替える、新しい締結の金具だった。真新しい金属の下に、古い部品を切り取った跡が見える。先に運び込み、職人が合わせ終えていた。
「潮は待たない。次の作業の潮まで、古い継ぎ目を保たせられる保証がない。イサナも、これ以上、同じ負担を引き受けられない」
「だから、帰す数を先に減らすんじゃなく、新しく入れないと決めた」
俺は声が速くなるのを感じ、いったん止まった。
ラウゼンは俺の顔を見ていた。
「待っている荷を全部止めれば、中央の冬の蓄えまで削る。私は、ここを飢えさせる決定はできない」
「外にいる人の帰りを切る決定は、できるんですか」
部屋の空気が止まった。
俺は自分の掌を開いた。
爪が食い込んでいた。
ラウゼンは、ゆっくり机から手を離した。
「私は、全部を助けられると言わない」
「僕も言っていない。戻ってくるはずの人を、こちらから閉じ出すなと言ってる」
彼は答えず、窓の外を見た。
港には船がいた。荷を降ろす人と、乗せる人。そこだけ見れば、いつもの春だった。
「君の仕事は、帰着を早めることだ」
ラウゼンは言った。
「そのための道具も人も、使ってくれ。だが、切替の期限は動かさない」
俺は机の図へ目をやった。
旧い一巡の線が、中央へ戻す太い線の下に隠れていた。あの線を読むために、俺たちは山を歩き、海へ下り、人の仕事の跡を見てきた。
口で言い合っているだけで、九日が過ぎるのは嫌だった。
「今から、帰る船を確かめます」
俺は言った。
「調べた結果を、人数を減らすために使わないでください」
ラウゼンは答えなかった。
廊下へ出ると、イサナが椅子へ座っていた。
俺を待っていたのか、途中で休んでいただけなのかは分からない。膝の上に、黄色い果実を一つ載せていた。
「怒ってるね」
彼女は言った。
「はい」
俺は答えた。
「あんたが怒っても、海は静かにならないよ」
「分かってます」
イサナは頷いた。
「なら、使えるうちに、使いな。この頭も、この塔も」
俺は彼女を見た。
「外へ出る話は、やめてない?」
聞くと、彼女は鼻で笑った。
「やめたら、ここであんたを待ったりしない」
俺は頷き、彼女の椅子が通れる幅を確かめてから廊下を進んだ。
外へ出ると、エルナが港から上がってきた。
手に木の札があった。船へ渡す片割れと、岸へ残す片割れが対になる札。彼女は一つを俺へ見せた。
「まだ帰っていない分。日付を確かめてる」
俺は受け取り、重さを感じた。
軽い木だった。
これを一枚減らすのは簡単だろう。紙の上なら、一行飛ばせばよい。だが、船の上にいる人間は、それで岸へ上がれない。
俺は札をエルナへ返した。
「サーヴァたちの所へ行こう。実際の船と、合わせたい」
彼女は頷いた。
坂を下る途中で、俺の手へ彼女の手が触れた。
握ると、指が冷たかった。
「帰りが遅くなるかも」
俺が言うと、エルナは海の方を見た。
「うん。でも、帰る家は変えない」
港の向こうで、帆が一枚開いた。
俺たちは手を離し、舟のある方へ歩く速度を上げた。




