帰る家の話
ロイへ話す日、俺はいつもより早く着いた。
早く着けば、父親に娘をくださいなどという言い方をしなくて済むと思ったのかもしれない。誰もそれを言えとは求めていなかったのに、俺の頭には古い芝居の場面が残っていた。
扉を叩くと、エルナが濡れた布を持って出てきた。
「ちょうどいい。そこ、持って」
挨拶より先に洗濯籠を渡された。
俺は籠を受け取って裏へ回った。軒下に布を干す。父親へ何かを頼む顔を練習していた男が、まず他人の下着を干している。こちらの方が、今の二人の暮らしには近かった。
家には、エルナが留守の間も通っている近所の女がいた。
昼の食事と洗い物、薬の時刻を見てもらっている。エルナが帰っている日にも、全部を急に引き上げず、朝の一部を頼んでいた。働いた分の金がかかる。その費用も含めて、エルナは自分の仕事の取り方を決めてきた。
女は、これから二人で住むと聞くと、まず新しい家までの道を聞いた。
「あそこなら、朝に寄ってから工房へ行けるね。私が来ない日は、早めに言うよ」
エルナは頷いた。
「週の決まった日は続けてお願いしたい。遠くへ出る時だけ増やす形で」
「冬の朝は少し遅くなる。暗いうちの坂で転びたくないから」
「その分、前の晩に私が来る」
二人は桶を挟んで話した。
俺は干した布の皺を伸ばしていた。こういう話へ、立派な約束を一つ挟みたくなる。僕が全部します、と言えば、その場では格好がつく。しかし明日も灯台へ行くし、遠い仕事も受ける。俺の格好のために、次の朝の当番が空いては困る。
台所へ戻ると、ロイは木の鳥の首を見ていた。
紐を引くと、首が少し伸び、途中で止まった。
「ここの結びが、大きすぎる」
ロイは言った。
エルナが横へ座った。
「前に直したところ。触ってるうちに緩んだかも」
俺は道具巻きを出しかけた。
ロイは鳥を自分の方へ引いた。
「針は要らない。先に紐を」
言葉がそこで止まった。
指も止まった。
俺は道具を戻した。エルナが別の細い紐を持ってきて、鳥の横へ置いた。ロイはそれを見て、しばらくしてから手を伸ばした。
結びは、彼が半分直し、残りをエルナが直した。
首が伸びると、ロイは少し笑った。
その顔を見て、俺は今なら伝えられると思った。
「エルナと、結婚したいと思っています」
ロイは俺を見た。
俺は背筋を伸ばした。椅子が低くて、膝だけが不格好に上がっていた。
「二人で決めました。村の中に、小さい家を借りようと思っていて」
ロイはエルナを見た。
「出かけるのか」
「引っ越す。でも、ここにも来る。今より少し下の道の家」
エルナは説明した。
ロイは窓の外を見た。道を思い浮かべているのかもしれない。長く黙り、鳥を卓の真ん中へ寄せた。
「雨は」
「漏れない。見てきた」
俺は答えた。
ロイが頷いた。
彼は、そのあとすぐ別の話をした。薬の袋が見当たらないと言い、エルナが棚から持ってきた。結婚の話がどこまで繋がったか、俺には分からなかった。
帰り際、上着を着た俺へ、ロイが声を掛けた。
「どちらへ帰る」
俺は戸口で止まった。
「今日は、父と母の家へ」
ロイは俺の後ろのエルナを見た。
「一緒の方へ、帰る日が来るんだな」
エルナは頷いた。
その時、彼女の目が少し濡れた。
ロイは、娘の頭へ手を置こうとした。背の高さが合わず、指が髪の横を滑った。エルナが少し屈み、父の手の下へ入った。
俺は戸を閉めずに待っていた。
しばらくして、エルナが顔を上げた。
父の手を取ってから、卓へ戻す。棚にある二つの封片の箱には、触れなかった。
外へ出ると、彼女は俺の隣を歩いた。
「覚えてるかな、明日」
小さく言った。
「分からない」
俺は答えた。
「でも、今日、聞いてもらえた」
彼女は頷いた。
俺は指を伸ばした。彼女が握り返してきたので、そのまま、坂を少しゆっくり下りた。




