帰ったら話すこと
二十三歳になった朝、俺は灯台の戸の前で鍵を落とした。
指が動かなかったのではない。片手へパンを持ち、もう片方に油差しと鍵をまとめたからだった。どれかを置けば済むことを、俺は一度で済ませたがる。
鍵は石の隙間へ入った。
俺はパンを口へ押し込み、油差しを置き、しゃがんだ。
後ろから足音が来た。
「朝から、何を埋めてる」
トマだった。肩へ材を載せている。粉屋の戸車を見てもらうついでに、昨日頼んだ板を運んできたという。
俺は鍵を拾い、土を払った。
「年を取ると、指先が」
「パンを持つな」
話を広げる前に終わった。
トマは材を壁へ立て、戸車の箱を俺に渡した。擦れている所を二人で見る。俺が指で車を回すと、軸の片側だけが重かった。
「これなら、今日返せる」
「助かる。アニの荷を積む日に、戸が引っかかるんだ」
「また蜂のもの?」
「そう。俺の粉より、向こうの客が先に聞く」
彼は少し不満そうに言い、それから笑った。
俺は同じように笑えた。昔だったら、友人の生活が先へ進む度、自分の遅れを数えていた。今も、羨ましいことはある。だが今日は、二人の荷を通す戸車を直す仕事が手にあった。
昼過ぎ、エルナが灯台へ来た。
持ってきたのは、母から分けてもらった菓子ではなく、俺が使う刃の砥ぎ具合への苦情だった。紙押さえの端を削るため借りたが、角の入り方が少し強いと言う。
「そっちは木を削る方」
俺が言うと、彼女は道具を見た。
「印、同じ色にしてる?」
「柄を見れば分かる」
「柄を作った人にはね」
俺は筆を取り、印を一つ足した。
彼女は満足そうに頷いた。
「誕生日、おめでとう」
「順番がおかしくない?」
「忘れる前に、刃の話をしたかった」
そのあとで、ちゃんと包みを出した。
薄い革の道具巻きだった。俺の持っている刃と柄の長さに合わせて、紐を通す所が違う。名前は外から見えない内側へ縫ってあった。
「エルナが?」
「糸は通した。針の揃ってる所は、私じゃない」
俺は縫い目をなぞり、思ったより長く黙っていた。
「気に入らない?」
「すごく。しまうのがもったいないくらい」
「しまう物を贈ったのに」
俺は道具を一本ずつ収めた。ちょうどよかった。使う時に指の入る幅があり、折ると刃同士が当たらない。
村への復旧負担は、終わりが見えていた。
灯台の給金だけでは時間がかかったが、イェトの工房から道具の取り分が届き、小さな修繕も続いている。旅へ出る度に使ってしまわなければ、秋のうちに最後を払えそうだった。
ロイへの支払いは、別に続く。
エルナが俺の物を縫ってくれたことも、ロイが俺の顔を見て茶を出そうとしてくれたことも、あの封片の代わりにはしていない。
俺は道具巻きの紐を結び、卓へ置いた。
「帰ったら、話そうと思ってたことがある」
エルナは窓際の椅子へ座った。
「うん」
「一緒に暮らしたい」
言ってしまうと、驚くほど短かった。
旅の間に何度も練習した言い方は、続かなかった。これからの仕事、借家の値段、灯台からの距離、彼女の父の家への道。そんな話から始めれば、断られても計画の一部の失敗として扱えると思っていた。
最初に、欲しいことが出た。
エルナは俺を見た。
「どのくらい?」
「泊まる日を決めるのじゃなくて。帰ってくる家を、二人のにしたい」
彼女は下唇を少し噛んだ。
「私、仕事の紙をたくさん干すよ」
「知ってる」
「夜も起きてる」
「たまには寝てほしい」
彼女が笑った。
俺は窓の外を見かけ、やめた。返事を聞く時に景色へ逃げたら、また同じことになる。
「結婚したい」
今度は、ちゃんと言った。
エルナの指が膝の上で動いた。紙の端を揃える時に似た動きだったが、揃える紙はない。
「私も、その話をしたかった」
声が少し低かった。
俺の胸の中で、固くなっていた何かが動いた。すぐ抱きしめたかった。俺が椅子から腰を浮かせると、彼女は手を上げた。
「待って。ちゃんと、言わせて」
俺は座り直した。
彼女は笑っていなかった。
「あなたと暮らしたい。仕事に行って、喧嘩して、帰ってきて、次の日もそこにいたい。お父さんのことも続けたいし、遠くで紙を直す仕事も断りたくない。全部、すぐ上手くできるとは思ってない」
俺は頷いた。
「それでも、あなたと決めたい」
エルナは言い終えると、息を吐いた。
「今なら、立っていいよ」
俺は立った。
彼女も立ち、先に一歩来た。道具の置いてある卓へ腰が当たり、二人でずらした。抱き合うにも、この部屋は物が多すぎた。
エルナの頬が俺の首へ触れた。
俺は彼女の背へ腕を回し、そのまま少し揺れた。風で窓の留めが鳴った。春に使った音とは違う、いま聞いた音だった。
「広い家がいい」
俺が言うと、彼女は肩へ顔を押しつけたまま笑った。
「払える広さにして」
「見に行くくらいなら無料だよ」
「見に行って、その気になったあなたを連れて帰るのが大変」
俺は否定できなかった。
彼女が顔を上げた。
唇へ触れる前に、互いの鼻が少し当たった。俺たちは笑い、そのあとで口づけた。
下の戸が鳴った。
誰かが俺を呼んだ。直した戸車を取りに来たトマだった。
「今、行く」
俺は返事をした。
エルナが腕を緩めた。俺はもう一度だけ彼女を抱き寄せ、それから、修繕を終えた箱を持った。
階段を下りる時、後ろから彼女の足音がついてきた。




