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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
はじめに届いた声
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帰りのない口

説明を聞いたあとにも、俺は裏の部屋へ行きたかった。


最初の体験を受けた管の、その先を見たかった。


繋がっていないと言われることと、自分の目で壁を見ることは、違う怖さだった。遠回りの最後に、普通の扉が一つ残っていてくれないか。そんな期待を、捨てきれずにいた。


ダナが足場を確かめ、管理の女が奥の戸を開けた。


ここは、海へ降りる廊下とは別だった。石を積んだ部屋があり、天井の一部に鳥が巣を作っている。窓のない部屋だと思っていたら、屋根の下には外へ通じる穴が幾つもあった。


壁の管は、大きな金属の輪へ繋がっていた。


輪の内側は空だった。


受け取る時にだけ形を保ち、外からこちらへ流れてきた体験を器へ落とす。受け終えると、その形は失われる。行き先を覚えておいて、同じ道を逆に歩くための設備ではなかった。


俺は輪へ手を出しかけた。


「触ると危ない?」


「冷たいよ」


管理の女が答えた。


「もう何も通ってない」


触れた。


日陰の金属は、確かに冷たかった。


指先へ日本の風が来ることはなかった。電車の音も、コンビニの明るさも、その向こうにはない。指へ付いたのは、細かい錆だった。


「同じような受け方を、今もしてる所は」


俺は尋ねた。


「ここの出生への割当は、止めてある。身体を選べるからという理由で、本人にも親にも知らせず渡す扱いは、その後の調べで外された」


女は入口の掲示を示した。


古くなった掲示の下には、外部体験を持って育った人の身分は変えないという文があった。俺が生まれた時の誤りを直すため、今いる俺まで消す、という書き方にはなっていなかった。


エルナが、その日付と適用された受理所を確かめた。


世界のすべてで同じことが済んだとは、この紙には書かれていない。それでも俺が渡った口について、今も知らない赤ん坊が次々に待っているということはなかった。


「二度目の行き先も?」


「予備の宛先を整理した時に外してる。こちらは、あなたが三歳になる前」


女は壁の細い枝を指した。


栓だけでなく、間の金属そのものが抜かれていた。受け側を指す古い線も、途中で削られている。テムが確かめた二度目の受理痕は、この枝が使えた頃のものだった。今は、ここから俺へ届く線そのものがない。


第三の声が、今も届こうとしているのではなかった。


俺は輪から手を離した。


「日本の両親へ、手紙を送るのは」


声が掠れた。


「僕の来た道を、使えない?」


女は、少し困った顔をした。


分からないことを分かったふりで慰める人ではなかった。彼女は管を見て、俺を見た。


「この口が一度受けたのは、あなたにつながる体験だけだよ。ご両親の、いまいる身体を指す行き先は持ってない。あなたがその人たちを覚えていても、ここから向こうへ渡す相手にはできない」


「名前が分かっていても」


「名前だけでは」


「住所を、思い出せたら」


言ってから、途中の数字が浮かばないことに気づいた。覚えていたとしても、こちらに同じ町も道もない。


女は首を横へ振った。


俺は頷いた。理解したからではなく、もう聞くものがなかったからだった。


部屋を出るとき、巣から鳥が飛んだ。


小さな翼の音が頭の上を通り、俺は反射的に身を縮めた。その鳥は、俺が触った輪の中を一度抜け、屋根の穴から外へ出た。


自分には出られる穴を、何の感慨もなく使っていた。


俺はそれを見送り、入口へ戻った。


エルナは、俺のすぐ後ろにはついてこなかった。


宿へ帰る道の途中まで、ダナと箱を運んでいた。俺が立ち止まると、彼女も止まる。箱の端を石へ載せ、空いた方の手で額の汗を拭いた。


「ごめん。持つ」


俺が言うと、彼女は首を振った。


「少し休んでたところ」


道の脇には小さな店があり、切った瓜を水へ浸していた。


俺は三人分を買った。店の男は種の少ないところを選んでくれたが、俺の一切れには、なぜか大きな種が三つ残っていた。


エルナが一つを指で取った。


それだけのことで、俺は息が詰まった。


母が剥いた蜜柑は、もう思い出せない。いつか灯りにした。誰かが食べ物を持ってきて、食べやすくしてくれた場面は、そこだけではなかったはずだ。


瓜の汁が指を伝った。


俺は食べ終わるまで黙っていた。甘いと答える余裕さえなかった。


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