↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
はじめに届いた声
PR
154/196

閉め忘れた宛先

昔の担当者は、俺へ渡したあとで、宛先を閉じていなかった。


最初に読めた言葉は、それだった。


出生時の一回の受け渡しを終えても、短い知らせが通る方へ、同じ番号を仮に残す。それが当時の扱い方だった。子供の身体へ馴染むまで、異常がないか確かめるための道だと、説明が付いている。


本来は、次の確認で外す。


その確認の欄が空だった。


「忘れたの」


俺が聞いた。


管理の女は、壁の二本の管を見た。


「この年は、担当が移った。こっちを閉めた記録はある。向こうで引き継いだ記録も。でも、同じことをしたつもりで、別の場所を閉めてた」


管の継ぎ目には、新しい栓が嵌まっていた。


その下に、もう一つの細い枝が回っている。見えない場所を通し、予備の口へ戻る線。フェルドの作業場で見たものと、役目が似ていた。


担当者は主な受け渡しを終えた。空になった容器の口も潰した。しかし、既に体験が渡った相手を指す、仮の行き先だけが残った。


隔離されたセラたちが救難を送ると、開いていた予備口がその知らせを拾った。


新しい相手を探さず、残っていた行き先へ送った。


俺だった。


俺は、壁を見ていた。


腹が立った。


これほど長く怖がってきたことが、誰かの閉め忘れだった。しかも、一人が悪かったと言えば済むように、親切にはできていない。主口の担当、移管の担当、予備の知らせを扱った担当。それぞれの字が違う。


間違いが幾つも重なって、誰も最後まで見ていなかった。


「生まれた僕を、そこで調べたんですか」


俺は床の台を見た。


「赤ん坊は村にいた。受け口は村の塔の中継から、子供の側へ繋いでいたとある」


エルナが答えた。


「ご両親が受けた説明も、この紙の裏にある」


出生の保全。


寒さと衰弱を避け、身体が育つのを補助する。


そこに、外から一人の人生を受けるとは書かれていなかった。


母はその日、俺へ乳を飲ませていた。父は指を握ったと喜んでいた。あの二人が、知らない三十一歳の男を買ったのではなかった。


俺は胸の奥から息を吐いた。


安心して、それから、その安心を恥ずかしく思った。何も知らなかった両親に、自分を選んだ責任を負わせかけていた。


「二度目は、僕が赤ん坊じゃなくなってから届いた。それで、もう渡されていた人生の最後へ繋がった」


俺は声にした。


エルナが頷いた。


「過去へ送ってない。ここにいた幼いあなたへ届いてる」


「今の僕が、昔から順番に思い出すと、その間にある」


「うん」


俺は卓の端へ手をついた。


目を閉じれば、砂浜の女が顔を上げる。男が携帯を出す。冷たい砂に手が沈み、塔が現れる。そこから続いて、誰かの手が肩へ触れる。


今も、そう繋がっていた。


答えを聞いても、頭の中の景色が正しい順番へ並び直されることはなかった。白い塔を消して、日本の波だけを見ようとすると、かえってその橙色の灯りが浮いた。


俺は目を開けた。


「変なままだ」


セラが俺を見た。


「分かっても、見たことは変わらないんだね」


俺は頷いた。


叔母は杖を両手で握り、少し前へ傾いた。


「私は、あなたを選んで送ったんじゃない」


その言い方が、やけに痛かった。


「分かってる」


俺は早く答えた。


「分かってるけど。じゃあ僕は、たまたま空いてた所だったんだ」


セラの顔が止まった。


エルナも口を開かなかった。


言ってから、自分が何を欲しがっていたか分かった。選ばれた人間になりたかった。あれほど嫌な人生にも、誰かが救うべき価値を見つけたのだと言われたかった。


目の前の人は、自分たちを忘れないでくれと頼んだだけだった。


俺は椅子を引いた。


「外へ行ってくる」


部屋を出る時、誰も止めなかった。


建物の裏には、影が細く残っていた。乾いた草へ腰を下ろすと、尻の下で一本折れた。海が見える。俺がここへ来るため金を払った船は、沖の漁船よりずっと小さかった。


特別な理由があって生まれていたら、何が違ったのだろう。


俺の署名で失ったロイの記憶が戻るのか。母へ返さなかった電話が、仕方のなかったことになるのか。


ならないと分かっていても、欲しかった。


しばらくして、セラが出てきた。


俺の隣には座らず、少し離れた石へ腰を下ろした。杖を横へ置き、靴の留めを緩める。


「ここ、脚を休めるには悪くないね」


彼女は言った。


俺は草を引き抜きかけ、そのまま手を離した。


「さっき、嫌な言い方をした」


「うん」


「ごめん」


セラは頷いた。すぐに大丈夫だとは言わなかった。


風で、彼女の髪が頬へ掛かった。自分で払い、少し海を見たあと、叔母は口を開いた。


「あの岸で、あなたが父さんと訪ねてきた時のことは覚えてる」


「うん」


「もう背が高くなってて。抱き上げたかったのに、私には無理だった」


俺は顔を向けた。


セラは、困ったように笑った。


「抱き上げたら、こっちの脚が折れると思った」


俺は笑って、途中で鼻を啜った。


叔母は海を見ていた。


俺も、まだ謝罪の続きを探さず、同じ方を向いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。