↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
はじめに届いた声
PR
153/196

そこに映っていたもの

朝の受理所には、斜めの光が入った。


エルナは黒い布を卓へ敷き、その上に透明な板を二枚置いた。間へ挟まれた帯は、縁だけが濃く、中央は曇った硝子のように薄かった。


誰かの体験を入れた封片とは違う。


受け口を通った短い知らせの、向きと形を確かめるための検査帯だった。姿や言葉の意味を、そのまま別の人へ生き直させる物ではない。光の強弱と、接続の形が物に残っているだけだ。


それでも、残り方によっては、窓や人の輪郭が見える。


俺が以前使っていた携帯なら、もっと鮮明なものを簡単に残せた。そんな比較をしながら、俺はこの傷んだ帯から目を離せなかった。


セラは、低い椅子へ座っていた。


左脚の下には折った布があり、杖は手の届く所に立て掛けてある。彼女が楽に見られる角度へ卓を回してから、エルナが覆いを外した。


薄い染みの中に、窓があった。


その手前に、人らしい影がある。顔を見分けられるほど明瞭ではなかった。長い髪のような線と、膨らんだ白い部分。窓の外の暗い屋根。


俺の中にある場面と、重なる所は多かった。


だが、思い出したという感覚はなかった。これは、いま初めて見る物だった。頭の中の女が、こちらへ歩いてくることもない。


セラは、窓の隅へ指を近づけた。


「ここ」


金具の歪んだ足は、帯の中では黒い切れ目になっていた。


エルナが紙へ写した輪郭を重ねる。三角の短い辺と、捻った足の傾きが合った。俺は本物の金具を持ち、少し回した。今の傷と古い像を同じにするために、都合よく傾けすぎていないか、ダナにも見てもらった。


「その向きで合ってる」


ダナが言った。


セラは箱からもう一枚、小さな紙を出した。


日用品の出し入れを記した控えだった。布と釘、食べ物の行の間に、窓の支えへ金属を回した記載がある。金具だけ別の話にされていないことが、かえって強かった。


「この日の次の朝から、窓の前で送った」


セラは日付を見て言った。


エルナが俺の出生の日を書いた紙を横へ置いた。


年が違った。


俺が一歳になった頃の隔離事故より後で、三歳になる前だった。


椅子の下で、俺の踵が床を探した。


分かることと、身体が納得することの間に隙間がある。セラはあの時ここにいた。窓には事故後に直した金具が付いていた。その知らせが、俺へ届いた。


俺は、その頃すでに母の家で暮らしていた。


「僕は、死ぬ時に見た」


誰かへ反論するように言った。


自分の声が硬かった。


「そう感じてるのは、知ってる」


エルナが答えた。


慰めようとする声ではなかった。俺が紙を見られるよう、そこに押さえている声だった。


「この金具は、あなたが生まれた日には付いてない」


俺は帯を見た。


窓の隅にある、たった一本の斜めの線。


それが、俺の中では繋がっていた二つの場所を、ゆっくり引き離した。


冷たい砂は日本にあった。駆け寄ってきた男と女も、俺を助けようとしていた。肩に触れた手も、波の音も、あの浜にあった。


白い塔だけが、そこにはなかった。


セラだけが、別の時に立っていた。


「声が聞こえなかったのは」


俺は尋ねた。


「意味だけが、分かったのは?」


エルナは帯の外側を指した。


「短い救難は、声そのものを運ばない時もある。呼びかけを一つの知らせにして、姿の向きと一緒に通す。ここもその形になってる」


セラは頷いた。


「声を遠くへ飛ばせるほど、いつも力が残ってなかった。こっちを見て、私たちを覚えていてくれればいいと思ってた」


俺が最期に聞いたと思ってきた言葉は、耳で聞いた音ではなかった。


意味が先に分かり、俺が知っている言葉の形になった。赤ん坊になったあと、母の声を聞いていた時のことにも、少し似ていた。


「でも、どうして僕の、あの場所へ」


俺は言った。


エルナは別の紙を引き寄せた。


それを読むのが怖かった。


俺はまた、フェルドの顔を思い出した。昨日の鈴が、遠い昔の足場の上へ入り込んだ男。彼が自分の人生を疑った時、俺は隣に立っていた。


今は、俺の隣にエルナがいる。


叔母は何も言わず、自分の杖の握りを撫でていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。