そこに映っていたもの
朝の受理所には、斜めの光が入った。
エルナは黒い布を卓へ敷き、その上に透明な板を二枚置いた。間へ挟まれた帯は、縁だけが濃く、中央は曇った硝子のように薄かった。
誰かの体験を入れた封片とは違う。
受け口を通った短い知らせの、向きと形を確かめるための検査帯だった。姿や言葉の意味を、そのまま別の人へ生き直させる物ではない。光の強弱と、接続の形が物に残っているだけだ。
それでも、残り方によっては、窓や人の輪郭が見える。
俺が以前使っていた携帯なら、もっと鮮明なものを簡単に残せた。そんな比較をしながら、俺はこの傷んだ帯から目を離せなかった。
セラは、低い椅子へ座っていた。
左脚の下には折った布があり、杖は手の届く所に立て掛けてある。彼女が楽に見られる角度へ卓を回してから、エルナが覆いを外した。
薄い染みの中に、窓があった。
その手前に、人らしい影がある。顔を見分けられるほど明瞭ではなかった。長い髪のような線と、膨らんだ白い部分。窓の外の暗い屋根。
俺の中にある場面と、重なる所は多かった。
だが、思い出したという感覚はなかった。これは、いま初めて見る物だった。頭の中の女が、こちらへ歩いてくることもない。
セラは、窓の隅へ指を近づけた。
「ここ」
金具の歪んだ足は、帯の中では黒い切れ目になっていた。
エルナが紙へ写した輪郭を重ねる。三角の短い辺と、捻った足の傾きが合った。俺は本物の金具を持ち、少し回した。今の傷と古い像を同じにするために、都合よく傾けすぎていないか、ダナにも見てもらった。
「その向きで合ってる」
ダナが言った。
セラは箱からもう一枚、小さな紙を出した。
日用品の出し入れを記した控えだった。布と釘、食べ物の行の間に、窓の支えへ金属を回した記載がある。金具だけ別の話にされていないことが、かえって強かった。
「この日の次の朝から、窓の前で送った」
セラは日付を見て言った。
エルナが俺の出生の日を書いた紙を横へ置いた。
年が違った。
俺が一歳になった頃の隔離事故より後で、三歳になる前だった。
椅子の下で、俺の踵が床を探した。
分かることと、身体が納得することの間に隙間がある。セラはあの時ここにいた。窓には事故後に直した金具が付いていた。その知らせが、俺へ届いた。
俺は、その頃すでに母の家で暮らしていた。
「僕は、死ぬ時に見た」
誰かへ反論するように言った。
自分の声が硬かった。
「そう感じてるのは、知ってる」
エルナが答えた。
慰めようとする声ではなかった。俺が紙を見られるよう、そこに押さえている声だった。
「この金具は、あなたが生まれた日には付いてない」
俺は帯を見た。
窓の隅にある、たった一本の斜めの線。
それが、俺の中では繋がっていた二つの場所を、ゆっくり引き離した。
冷たい砂は日本にあった。駆け寄ってきた男と女も、俺を助けようとしていた。肩に触れた手も、波の音も、あの浜にあった。
白い塔だけが、そこにはなかった。
セラだけが、別の時に立っていた。
「声が聞こえなかったのは」
俺は尋ねた。
「意味だけが、分かったのは?」
エルナは帯の外側を指した。
「短い救難は、声そのものを運ばない時もある。呼びかけを一つの知らせにして、姿の向きと一緒に通す。ここもその形になってる」
セラは頷いた。
「声を遠くへ飛ばせるほど、いつも力が残ってなかった。こっちを見て、私たちを覚えていてくれればいいと思ってた」
俺が最期に聞いたと思ってきた言葉は、耳で聞いた音ではなかった。
意味が先に分かり、俺が知っている言葉の形になった。赤ん坊になったあと、母の声を聞いていた時のことにも、少し似ていた。
「でも、どうして僕の、あの場所へ」
俺は言った。
エルナは別の紙を引き寄せた。
それを読むのが怖かった。
俺はまた、フェルドの顔を思い出した。昨日の鈴が、遠い昔の足場の上へ入り込んだ男。彼が自分の人生を疑った時、俺は隣に立っていた。
今は、俺の隣にエルナがいる。
叔母は何も言わず、自分の杖の握りを撫でていた。




