叔母の荷物
セラは、俺の顔を見るより先に、岸の段差へ文句を言った。
「これを桟橋って呼んで船賃を取るの?」
船の男が、満潮ならもう少し低いと答えた。
「そう。じゃあ帰りは満潮に乗る」
叔母は杖を先に渡し、手すりへ体を預けた。俺が腕を出すと、袖より手首を持ちたいと言った。どこを助ければよいか本人に言われるのは、少し安心する。俺は足を広く置き、彼女が傷めた左脚を岸へ下ろすのを待った。
後から、二つの荷が来た。
着替えの包みと、小さな金具の箱。それに、母が持たせた乾いた薬草が、包みの脇へ結ばれていた。湿った部屋で何日も働くなら煮出して飲めという。俺の出生の謎より、寝起きの喉を気にしている便りだった。
俺はそれを鼻へ近づけた。
家の棚の匂いがした。
「リナは元気。カイルは灯台の窓を見てる。ミアは、怪我だけは増やすなって」
セラは言った。
「エルナの家にも寄ったよ。ロイは鳥を机から落としたくないから、端に置くなと何度も言ってた」
エルナの顔が緩んだ。
「今、窓の横へ置いてる」
「窓も端だと思ってるのかもね」
それからセラは、俺を見た。
「で。今度は私のどこを調べる?」
笑って言われたのに、返事が出なかった。
叔母の声は、俺の最期の砂浜へ届いた声だと、長く思ってきた。嬉しそうで、泣きそうな顔。白い布と、風に解ける髪。俺が助けを求めた時に、そこへ現れた人。
その人が、着替えと薬草を持って、汗を拭いている。
「当時、塔を直したんだよね」
俺は聞いた。
「何度も。雨は待ってくれないし、あっちには新しい部品が届かなかったから」
彼女は小箱を指した。
「手紙にあった控えは持ってきた。金具も一つ。捨てなかった人がいて助かった」
セラは俺の顔を見直した。
「先に水、もらえる? 親戚だからって、着いた途端に仕事させないで」
俺は慌てて荷を持った。
宿の席に落ち着くと、セラは靴を脱いだ。靴下の縁が脚へ食い込み、片方の足首が少し腫れている。彼女は傷のない側の脚を先に伸ばし、左側は手を添えてゆっくり動かした。
ダナが低い腰掛けを持ってきた。
「この高さで?」
「もう少し低いと、助かる」
俺は卓の下にあった板を一枚外した。セラが踵を載せ、息を吐いた。
母の家の五脚目の椅子を、ここへ運べればよかった。あの椅子が毎日のために削られた物だということは知っている。それでも、こうして同じ高さを探す度、家に置いてある意味が分かる。
エルナは薄い茶を注いだ。
セラは、一口飲んでから話した。
「最初にあの金具を入れたのは、切り離されてから二度目の雨季だよ。窓の外の支えが抜けた。あの時、白い布で穴を塞いでた」
俺は彼女の胸元を見た。
「白い布」
「干してあった帆の端。風が来ると、こっちへ膨らむから邪魔だった」
海上で見た女の服だと思っていた。
だが、白い布が衣服だったかどうか、俺は確かめたことがない。ただ胸元で膨らみ、髪が揺れていた。
「声を送ったのは、その窓の前?」
「そこでも送った。修繕してる間、明かりの線がよく見えたから」
叔母は茶碗を置いた。
「聞こえたような顔をしたんだね」
俺は頷いた。
「聞こえたというか、意味が分かった。今度は忘れないでって」
「それは、何度も言った」
セラは窓の方へ目をやった。
宿の窓から見えるのは、洗った桶が伏せてある庭だった。白い塔も、隔離された海も見えない。彼女の視線がそこを通り過ぎていることだけ、俺には分かった。
「一度繋がると、みんなが集まるんだよ。次は船が来るかもしれないから。でも切れる。次に繋いでも、向こうには初めての声になってる。何度も名前を言った。同じことを頼んだ。そのうち、頼んでる自分の声が嫌になった」
彼女は茶碗を持ち上げたが、飲まなかった。
「嬉しく見えたなら、線が開いたのが嬉しかったんだと思う。誰かがいるって分かったから」
俺は、あの顔が俺を選んで笑ったものだと思っていた。
都合のいい話だった。俺は、困っていた一人の女の笑顔に、自分の死の意味まで欲しがっていた。
それを言おうとして、止めた。
この人の前でまた俺の反省を始めたら、彼女が十七年待った話の続きを、俺の性格の話で埋めてしまう。
「誰か、返事はした?」
セラは首を振った。
「その時は、しなかった」
彼女の茶はすっかり冷めていた。
俺は湯の残っている器を引き寄せた。替えようとすると、セラは今のままでよいと首を振った。冷めた方が飲みやすい日もあると言った。
小箱を開けたのは、茶を飲んだあとだった。
中には、三角に組まれた古い支えが入っていた。まっすぐな三角ではない。一辺だけが短く、下の角に、少し捻った平たい足が付いている。
「窓の角が潰れてたから、こう曲げた。無理に真っすぐ付けると、硝子の方が割れるって」
セラはその足を指した。
俺は、昨日光へ透かした帯を思い出した。
白い塔の窓の隅に、斜めの黒い線があった。
白い塔と女だけなら、俺の思い込みかもしれない。
この歪んだ三角が同じなら、いつの窓かまで分かる。
俺は金具を持ち上げなかった。
手を伸ばす前に、セラの顔を見た。
「明日、一緒に見てほしい」
叔母は頷いた。
「脚が痛くなる前にね。朝からなら、頭も働く」




