自分の箱の運び賃
俺の生まれた事情を運ぶのに、銀貨が三枚かかった。
箱は小さい。中身の半分は布である。それでも船乗りは、濡らせない荷を、ほかの荷で潰さず、俺の目に入る場所へ積むなら三枚だと言った。
旧受理所で受け取る予定だった二箱は、常駐する管理人がいないため、レンネルの受託倉へ預けられていた。俺たちは入り江の宿を出て一度港へ戻り、前の午後に、封と外側の傷を確かめて受け取ったばかりだった。
自分の出生に値段を付けられるのは腹立たしかったが、俺も先月、相手が大切にしている戸棚だからという理由で修繕代をまけなかった。あの時の俺に、今回だけ黙っていてほしかった。
「上へ置くだけなら一枚だそうよ」
エルナが言った。
「雨が来たら?」
「上だから、先に濡れる」
俺は三枚払った。
レンネルの朝の港では、魚を洗った水が石の溝を走っていた。日が高くなる前から暑く、濡れた帆布の匂いの下に、潮と魚油が重なっている。山で嗅いだ冷えた石の匂いは、荷物の中の外套にだけ残っていた。
俺たちは沿岸を半日ほど下り、古い受理所へ向かうことになっていた。
廃止された場所にも名前は残る。道を聞けば「あの窓のない建物」と教わり、船賃を聞けば「帰りの荷がない方」と言われた。俺の生まれ方を決めた場所は、船を出す側には割の悪い行き先らしい。
ダナが荷台へ足を掛け、箱の底に挟んだ木を押した。
「動かない。お前がずっと抱えているより安全だ」
「僕はそんなに信用がない?」
「水を飲む時、膝から落としかけた」
それは事実だったので、俺はもう一方の箱を持った。
北の町で比べた二枚の受理痕は、保管先から持ち出しの許可を受け、テムの確認のあと、それぞれの包みに戻してある。返却先を記した札は箱の内側に結んだ。丸い逃がしのある東の受け口の板と、角を落とした内側の予備口の板。異なる入口から、同じ俺へ二度、何かが届いた。
分かったのはそこまでだった。
今度は、その入口の向こうを探せる。
山と海の古い設備を辿り、昔の刻みは今と逆の向きから読むことを知った。初めに体験を受け渡した流れと、そのあとで短い知らせを通した流れは、同じものではなかった。古い受理所に残された図と並べれば、二つの口の役目を区別できるはずだった。
そう言われた晩は、眠れなかった。
知りたくてここまで来たのに、答えへ近づくほど、今ある俺を取り上げられる気がした。俺は前の人生を、誇れるようには生きていない。それでも、知らない誰かの荷物として返却するのは嫌だった。
「顔、ひどいよ」
エルナが俺の肩を指で突いた。
「昨日から言ってる」
「昨日よりひどい」
彼女は薄く切った干し果実を差し出した。食べると、舌の両側へ強い酸味が広がった。眠気より先に顔が縮む。
「また、酸い方?」
「朝の店にあった。眠そうだから、こっちにした」
「イサナの好みがうつったんじゃないかな」
「それは、あるかも」
彼女も一切れ食べ、言い終える前に眉を寄せた。俺は笑ってしまった。口を閉じると、まだ酸っぱかった。
船が離れる時、岸で荷を数えていた男が、俺たちの箱を一度見た。胸の札にはラウゼンの管理する航路の印があった。こちらへ声は掛けず、船長と行き先を確かめて戻っていく。
俺には、あの男がどこまで知っているのか分からなかった。
ラウゼンは調査の経路を教えた。助けられたこともある。同時に、人の出入りを自分の判断で止める人でもあった。俺が何を見つけるのか、気にしていないとは思えない。
帆が風を受けた。
船底へ小さな波が続けて当たり、港の声が離れた。エルナは箱の上へ手を置いている。日差しを避けて被った布から、細い髪が一本、頬へ張りついていた。
「調べた結果を、僕より先に読んでもいい」
俺は言った。
彼女が顔を向けた。
「ただ、僕に何を言うか、みんなで先に決めないでほしい」
エルナはしばらく俺を見た。それから髪を払い、頷いた。
「分かった。読めない字は先に読む。あなたのことを、私たちだけで決めない」
その返事を聞いて、俺はようやく手を箱から離した。
受理所は、低い岬の内側にあった。
船から見た建物は黄色く、窓がないというのは半分だけ本当だった。海側の窓は石で塞がれていたが、陸側には細長い明かり取りが並んでいる。屋根には草が生え、一本の煙突だけが傾かずに残っていた。
岸で待っていた女は、鍵束を振る代わりに、先に水桶を運べと言った。
「夜に雨が降った。上の樋が詰まってる。入って濡らす前に、雨水を捨てたいんだよ」
俺たちを門前で待たせるのではなく、自分も桶を抱えて歩き始めた。管理の仕事をしている人の足だった。玄関を通らず、脇の勝手口へ向かっていく。
俺は自分の箱をダナに預け、空の桶を取った。
廊下は暑かった。閉じた家の匂いと、乾ききらなかった紙の匂い。床に置かれた水受けを運ぶと、底に小さな羽虫が浮いていた。
これほど長く調べた末に、俺はまず、自分の出生の上へ漏れた雨を捨てることになった。
二つ目の桶を外へ空けると、管理の女が布巾を差し出した。
「受け取りの部屋を見るんだったね。奥だよ」
案内された部屋には、椅子も寝台もなかった。
壁際の低い台と、台の上の、丸い器を置いたらしい白い跡。海へ面した窓の下に、二本の金属管が途中で切られて残っていた。
俺はその前で立ち止まった。
思い出せるものは何もなかった。初めて嗅ぐ埃の匂いで、初めて見た部屋だった。
それでも、台の高さへ目が吸いついた。
赤ん坊なら、一人寝かせられる。
「ここに、僕がいたの?」
声が壁へ薄く返った。
女は首を振った。
「ここへ来たのは器。子供は、それぞれの村にいた」
俺は、低い台から目を離した。
自分が生まれる前の人生は、誰かに抱かれず、箱に入ってこの部屋へ来たのだった。




