消す前に帰る
下の段へ戻ると、水は靴の上まで来ていた。
冷たさが革を通り、足の指へ巻きついた。入口の時には乾いていた壁が濡れ、油灯の光を細く揺らした。奥の部屋から紙を運び上げる余裕はない。もう写した分だけを持って帰る。
エルナは膝の上へ板を置き、図を押さえた。
俺は石の側面の金属蓋を外した。締め付けは錆びていたが、カザの先端で端から力を掛けると動いた。ねじを水へ落とさないよう、外した一つずつを口に咥えそうになり、やめた。錆の味が想像できた。
蓋の中には、二つの時代が重なっていた。
太い古い帰路の輪。その外へ貼り付けた、中央の許可を待つ細い線。追加した人は仕事が丁寧で、どちらも同じ色の金属で埋めていた。見た目が綺麗なせいで、区別しにくい。
俺は指で触らず、細い棒で沿わせた。
札の三つの口から来る線は、下で一つに合わさる。その後、中央へ上がる前に短い継ぎがあった。ここなら、主線へ手を出さず、俺たちの輪だけを切り離せる。
「ダナ、これを持って」
外した蓋を渡し、中央へ行く線を継ぎ目で抜いた。窓の上から番人が何か言った。待て、と聞こえたが、もう一度言ってくれるほど静かな場所ではなかった。
山用に持ってきた未使用の短動作片を、試験具へ入れた。
俺は人を動かさず、閉じた帰着の針だけに短い合図を通した。白い筋が細くなり、消えた。
針が、中央へ引かれず、入口の方へ動いた。
帰ってくるまでの輪が、そこで初めて閉じた。
「これなら戻る」
声に出したが、まだ誰も急がせなかった。
帰着用の片を確かめた。入った時に減った分の下へ、残りの筋があった。来た道を、同じ三人が逆に通るだけなら足りる。新しい道を作る量はない。
入口側の止め爪が、中央の閉鎖で噛んだままになっていた。普通なら向こうで外す金具だった。俺は修繕用の最後の片を使い、爪へ掛かった力だけを一度逃がした。
金属が小さく鳴った。
ダナが柄を引き、爪を外した。大きな戸を持ち上げたのではない。それでも片の筋は全部消えた。俺は透明になった薄板を水へ落とさず、使ったものの箱へ入れた。
エルナが先に帰路へ入った。
水面の上で、彼女の足の距離が変わった。近くへ来たように見えて、声だけ少し遅れる。俺は手を出しかけたが、ダナに止められた。
自分の足で一歩ずつ通る。
エルナは振り返らなかった。入口まで着き、三枚並ぶ札の一つを上げた。
彼女の名が、帰った方へ向いた。
次はダナだった。
俺は柄のそばに残った。止め爪を外しただけなので、ずっと支える必要はない。ただ、自分が最後に通る時にどこへ足を置くか、目を離すのが怖かった。
波が入った。
水が脛を叩き、足元の砂が動いた。俺は壁へ片手をついた。下を見た瞬間、帰路の明るい側が遠ざかったように見えた。
心臓が速くなった。
海で倒れた時、俺は助けてほしいと声にできなかった。いまは名前を呼べる。そう思ったのに、唇からは短い息しか出なかった。
「ノア、左の白い石!」
ダナの声がした。
俺は顔を上げた。
来る時に彼女が足で確かめた、欠けのない平石。そこへ足を置き、次に手を離した。水が外套の裾を引いたが、身体は動いた。
入口が近づいた。
最後の一歩で、エルナが俺の鞄を受け取った。俺の身体ではなく、重さを先に取った。空いた手で石の縁を掴み、俺は自分の膝を乾いた側へ上げた。
肩で息をした。
まだ終わっていなかった。
俺は自分の札を上げた。三つの名が帰った側を向く。残っていた片の乳白色の筋が、すっと抜けた。帰路の針が一周し、初めの位置へ戻った。
ここで、使った線を抜く。
中央へまとめて消したことにはせず、三人がいるのを互いに見ながら、局所の輪を外した。
奥の通路が、ただの遠い暗がりへ戻った。
水は石の低い方を流れ続けた。だが、もう俺たちの足を引かなかった。
エルナが俺の背中へ手を置いた。俺は額を彼女の肩へつけ、塩水が服へつくと思った。思っただけで、しばらく動けなかった。




