帰り口が閉じる
奥の床は、入った時より、戻る時の方が長く見えた。
俺たちはまず空の札と表示帯で、内回りの線を確かめた。港から借りた試験片の白い筋が消え、出口側の小さな針が動いた。人の記憶へ何かを入れる口は切り離してある。使うのは、今いる人が一巡して帰るための局所の道だけだった。
ダナが先へ出た。
一つ目の角を曲がると、向こうにあった灯りの距離が変わった。長い通路が短くなったようで、実際に歩いた足の数とも合わない。俺は壁へ近づきすぎないよう、彼女の背を追った。
エルナが一番後ろに来た。
三枚の札は、入口に残してきた。名を記し、入った向きへ倒す。帰った本人が上げるまで、一枚も抜かない。俺は古い刻字を、今の自分の手順として初めて使った。
奥の部屋には、箱のない棚が並んでいた。
木は朽ちているが、石の底に容器の番号がある。その上へ後から書いた引越し先の名が残っていた。エルナは濡らさずに読める所から写し、ダナは床の割れと出入口を見た。
俺は線の行く先を追った。
太い溝は、容器から一度だけ渡したあとに閉じる位置で終わっていた。その脇に細い線が加えられ、受理が済んだ先へ短い知らせを送る形になっている。
「これだ」
声が出た。
村の出生を扱った地域の印が、棚の脇にあった。今の出生控えに残る番号へ繋がる、古い変換の印。俺の名そのものではないが、次にどの受理所を調べるべきか、ようやく具体的な場所になった。
エルナが近づいた。
「外形を先に。ここを剝がすと、下の層が割れる」
俺は透明の薄い板を当て、線の太さ、曲がり、閉じる位置を写した。胸の奥が忙しかった。もっと早く全部読みたい。だが、手が滑れば唯一読める所を傷める。
ダナが時刻を告げた。
まだ戻れる余裕があった。
エルナが薄板へ番号を付け、俺が包んだ。その時、入口側で、低い金属音がした。
合図の鐘ではなかった。
帰りの針が、途中で止まった。
ダナは立ち、来た道へ灯りを向けた。距離が伸びていた。灯りの照り返しが、さっきより遠い。
「閉じた」
俺は札を取り出しかけ、自分たちの札は入口へ残してあることを思い出した。
ここで名前を消した人間はいない。帰っていない三枚が、向こうに残っている。
廊下の壁に、小さな受信窓があった。細い板が動き、短い文字を見せた。
主口一時停止。上の待機室へ。解除まで留まれ。
署名は、ラウゼンだった。
ダナは待機室への階段を確かめに行った。俺は返信の口を探したが、手元の短動作用の片では文字をまとめて送れない。帰着用の片をここへ回せば、帰る方の残りが足りなくなる。
エルナが床を見た。
棚の下に、小さな水溜まりができていた。
海水だった。舐めなくても分かった。乾いた土の匂いへ、冷たい潮の匂いが重なっていた。
ダナが戻った。
「上には出られる。だが、途中の踊り場まで水の痕がある。今日の波がそこへ来るなら、待ち続ける所じゃない」
遠くで、何かが砕ける音がした。
俺は外形を写した薄板を鞄の上へ置き直した。濡らさないためだった。自分がまだその程度のことを考えられるのが、頼もしいのか、馬鹿なのか分からなかった。
次の波は、壁のすぐ向こうで鳴った。




