石工の書き直し
受け場へ入る許可は、二日かかった。
その間に俺は港の仕事をした。届いた保守具が、実際の金具へ入るか確かめる。山から来た石枠の脇に、俺たちが止めた巻き胴の部品も積まれていた。元締めの指示が変わったあとの運送印があり、欠けた角は山で見た時から増えていなかった。
ノアに止められた石、と荷役人が呼んでいるのを聞いて、俺は訂正した。石を止めたのは巻き胴と杭で、俺は回す方を外しただけだ。
話が長いと言われた。
三日目の朝、ラウゼンが案内に来た。
塔の下の受け場は、今の岸壁より低かった。扉を開けると石段が下へ続き、左右の壁へ何度も水が達した色の線があった。高い所の線ほど古い。
「ここは大きな潮の日に水が入る。今日と明日は入れる。明後日からは窓が短い」
彼はそう言い、帰りの時刻を示した。無理な時刻ではなかった。俺たちは午前中に下の床を調べ、午後は上の部屋へ移ることにした。
受け場の壁に、あの刻字があった。
帰る者の名を、着く前に消してはならない。
今度は、字の脇に小さな人の絵が残っていた。舟から下りた人が、自分の札をひっくり返している。名前を呼ばれたあとで、本人が向きを替える順番らしい。
アデルの名は、文章の下にある石の端へ刻まれていた。
俺はその隣にしゃがんだ。小さな欠けを、別の石片で埋めている。埋めた所だけ石目が逆だった。形を合わせるのに苦労し、途中で割ってしまったのかもしれない。
「直した方が、目立ってる」
俺が言うと、エルナは壁から紙を剝がさず答えた。
「あなたの字も、直したところが一番大きい」
同じ職人の失敗へ親近感を抱いていたのに、急に居心地が悪くなった。
壁の横には、平たい石の棚があった。日当の代わりに受け取った粉の数、刃を研いでもらった日、舟の持主が寄進した油。刻字と違い、細い走り書きで残っていた。
エルナは、そこにあった紙屑を取り上げなかった。石へ貼りついていたので、上の倉から道具を持ってきて、湿りの少ない端から少しずつ浮かせた。
昼までかかって、名前が三つ読めた。
一人が石を切り、別の人間が字を頼み、別の舟が運んだ。上の増築には、さらに違う世代の印がある。
アデルは灯台全部を造った人間ではなかった。
最初の受け場の床と、人が帰ったことを間違えないための文字を刻んだ、石工の一人だった。下書きには『先に』とあった所が、『着く前に』へ変えられていた。誰が先なのか分からないと、使う者から言われたのだろう。そこだけ墨が何度も濃くなっていた。
俺は壁の言葉を、もう一度見た。
昔の人間も、説明が通じなくて書き直した。紙を節約し、日当を気にし、舟が遅れれば飯の時刻がずれた。その積み重ねが、いま俺たちの立つ床になっていた。
午後の上の部屋には、後から増やした装置が残っていた。
一人が帰着を合わせる台。各枝から持ってきた名を、まとめて差すための枠。古い床の線を削り、新しい一本へ集めた痕がある。
ラウゼンはそれを見て言った。
「舟ごとに違う者が合わせれば、同じ名が二つになることもある。ここへ集めれば間違いが減る」
俺はうなずきかけた。
窓の上に、小さな書付があった。まだ帰っていない舟の名と、その日の担当者の印。その印が、何日分も同じだった。
「その人が、帰れなくなる」
俺が言うと、ラウゼンは俺を見た。
「だから、途切れないように支える。港の仕事だ」
彼の声には、自分が支えてきたという確信があった。
石の古い継ぎ目から、冷たい空気が流れてきた。




