酸い実を選ぶ人
イサナは、椅子へ浅く腰を掛けていた。
膝に薄い布を置き、その上で黄色い果実を転がしている。皮を剝く前に、何度も指で重さを確かめているようだった。
部屋の三方に窓があり、中央の低い台には細い棒が何本も立っていた。棒の上の輪が、一つずつ違う位置で止まっている。机の端に透明になった片が二枚置かれ、まだ乳白色の筋のある片とは離してあった。
俺がそれを見ると、イサナは果実を持った手で机を指した。
「終わった方へ触って。白い方は今日の帰りに使う」
「触ってもいいんですか」
「触りたい顔だから。触るなと言うと、後で見えない所で触りそうだ」
俺はエルナを見た。彼女は知らない顔をした。
ラウゼンが山の調査のことを説明すると、イサナは途中で話を遮った。
「あの受け所を、まだ荷にして運んでるの」
「使える枠が要る」
「奥を見ずに抜くと、どっちが古いか分からなくなる」
「記録は取らせている」
「では、その記録を私にも見せなさい」
二人は何度も同じ話をしたことがあるようだった。言葉の間に、互いが先の返事を知っている沈黙が入った。
ラウゼンが下の荷場へ呼ばれると、イサナはようやく果実へ爪を立てた。
強い酸味の匂いがした。
彼女は一片を口へ入れ、目を細めた。甘いのか酸いのか分からない顔だったが、次もすぐ取った。
「好きなんですか」
俺が聞くと、彼女は眉を上げた。
「嫌いな物を、この年でわざわざ選ぶと思う?」
卓の果実を一つ差し出された。俺が持ち上げると、彼女は首を振った。
「それは軽い。隣。皮が薄くて、持つと重い方」
エルナが別の一つを取り、彼女の手へ載せた。
「そう。それ」
イサナは嬉しそうに撫でた。
俺は山の写しを広げた。
四穴の規格と、太い溝へ追加された細い溝。逆向きの三本の斜線。イサナは指へ果汁がついていないか確かめてから、紙の下を持った。
「外から読む時代の印だね。いまは塔の内側から読む。同じ形を残したから、向きだけ変わった」
俺は息をついた。自分の発見が、思い違いではなかった。
波音が聞こえたと話すと、イサナは山へ出る古い細線の図を取り出した。今の港の送り線へ、末端が残っていた。港から片を使って合図を送る時に、受け場の音まで一緒に乗っていたらしい。
彼女は届いた時刻を俺たちの控えと見比べ、机の脇の送り控えへ指を置いた。その朝、荷舟の帰着を知らせた時刻だった。
「水の道は閉じて、知らせの方を残した。山で止めた口より、こっちの枝が古い」
イサナは職人を呼び、使われていない山向けの枝を外させた。港の次の送りに、その枝が反応しないことも見た。耳に聞こえた海の正体は分かったが、俺は空の池で音を聞いた時の寒さを、すぐには追い払えなかった。
「初めは、舟ごとに帰りを作った。出た岸と、着く岸。その便が着けば、使った線を抜いた。何本もいつまでも重ねなかったんだ」
彼女は台の上の棒を見た。
「いまは、一人がここから全部合わせる。楽になった所もある。だが、戻っていない輪が一つでもあると、私は先に夕飯へ行けない」
棒の一つが、乾いた小さな音を立てた。
イサナの顔が変わった。果実を置き、輪の高さを確かめ、細い柄へ手を添えた。机の片の白い筋が少しだけ透けた。窓の外で、どこかの小灯が二度点滅した。
彼女の指は迷わなかった。だが、手を戻したあと、しばらく膝の布を掴んでいた。
「あっちの舟が着いた。それだけ」
俺が見ていると、彼女は言った。
「心配するなら、下の果物売りへ、売れ残りばかり上げるなと言って」
「自分で選びに行かないんですか」
聞いた瞬間、エルナの指が紙の端で止まった。
イサナは俺を見た。
「行きたいよ」
いつもの調子だった。それがかえって、逃がしてくれなかった。
「階段は降りられる。足はまだある。ただ、私が戻る時刻まで、全部の帰りを止める人間が要る。ラウゼンは、いつも明日ならと言う」
彼女は机の果実を転がした。
俺は、自分の足で下りてきた港の階段を思い出した。人が途中で座り、靴紐を結び、魚を食べていた階段だった。
古い道を調べたいと言うと、イサナは塔の下に残る受け場を教えてくれた。
「最初の石がある。アデルの名を見たなら、そっちも見るといい。あれを書いた手が、きれいに隠れてる」




