通ってから振り返る
谷の高い道は、春の土の色をしていた。
沢の水が増え、冬に渡した低い板は外してあった。代わりに、家の背後から上がる通り道が軍道の内側へ続いていた。荷車が通る部分との間に、低い石の縁がある。ダナはその縁へ足を乗せ、沈まないことを確かめていた。
サダは苗籠を積んでいた。
エイムがそれを背負い、数を二度数えた。彼は、帰りに持つ空籠が一つ増えることを値段へ入れていなかったらしい。サダと言い合いになり、結局、空籠へ彼の買う粉袋を載せてもいいという話になった。
「最初からそう言えば、早い」
エイムは不満そうに言った。
「最初から数えれば、早い」
サダが返した。
仲良くなったと言えば、二人とも怒るだろう。それでも、町へ向かう彼の背の籠には、彼女が付けた取っ手の補強があった。
ダナの仕事は、そこで終わることになっていた。
日当を受け取る前に、彼女は家の戸口へ来た。サダは編みかけの底を膝に載せていた。俺は少し離れた所で、板の兎の写しと周囲の山を見比べていた。
「あの時の分を、今回の道で済ませたとは思っていない」
ダナが言った。
サダはすぐに顔を上げなかった。枝の先を穴へ通し、引き締めてから答えた。
「私も、そうは思ってない」
「ああ」
「ただ、次にあの道を歩く時、こっちを見ないで通るのはやめて」
ダナの手が、荷袋の紐から離れた。
「見る」
サダはうなずいた。許すという言葉は出なかった。ダナも、それを待って立ち続けはしなかった。
俺が山を見上げていると、サダは立って隣へ来た。
「兎は、あれ」
二つ並ぶ尖った岩だった。耳に見えると分かると、もうそれ以外には見えない。間の暗い溝に、春になっても白い雪が残っていた。
「その下に、祖父の言ってた受け所がある。道が上に曲がる所を、沢へ戻る。昔は水が来て、荷が着いたそうよ」
俺は四穴の写しを出した。
「奥を調べに来たい。雪が消えて、水が少し落ち着いた頃に」
サダは俺からダナへ目を移した。
「道はここを使っていい。石を持っていくなら、先に知らせて。うちの水を変える所は触らないで」
俺はうなずいた。
「調べたことは、見せる」
「読める字でね」
彼女は俺の薄紙を見ていた。
帰り、ダナはあの削られた石標の前を通った。
標に何が書いてあったか、彼女は教えてくれた。軍が付けた区間の名と、通れる荷の幅。元の土地の呼び名を削って、その上へ刻んだものだという。サダは石を残すと言っていた。そこに何をしたか、削った面がそのまま見える方がいいから、と。
ダナは石を見てから、歩き出した。
俺は今度は滑らず、下の道へ下りた。彼女の手を借りなかっただけで、少し大人になったような気がした。二十二歳の男に相応しい達成感かどうかは、考えないでおいた。
*
帰村すると、台所の窓が開いていた。
母が干している葉の匂いが庭へ流れ、セラの椅子の背には薄い上着が掛かっていた。叔母は左脚を伸ばし、母の薬袋へ紐を通している。俺が入ると、持ってきた菓子より先に、靴の泥を見た。
「そっち。板の上で脱いで」
俺は言われた場所へ腰を下ろした。
山に、船を留める輪があった。うちの灯台と同じ穴の石があった。そう話すと、セラの指が止まった。母は薬の束を並べながら聞いていた。
「海は見えた?」
叔母が聞いた。
「まだ。水はあった。小さな沢で、鍋が落ちてた」
「それは持ち主へ返した?」
「直して返した。ちゃんと代金も取った」
母が笑った。俺は、自分の立派な探索談が鍋の修理で終わりそうなのを察し、四穴の紙を出した。
セラは椅子を寄せた。古傷のある脚が卓の脚へ当たらないよう、少し斜めに座る。何度も見てきた動きだった。
この人の短い声が、俺の人生のどこへ届いたのか。
目の前に座っていても、まだ分からない。
俺はそれを、ただ怖がって待つのに飽きていた。紙を広げると、叔母の指が穴の間を測った。母は湯を注ぎ、片方の茶碗を俺の前へ置いた。
窓の外から、エルナの声がした。
家へ戻る途中に寄ったらしい。俺が手を上げると、彼女は道具袋を肩からずらした。明日の朝、灯台で寸法をもう一度確かめたいと言う。
「朝のどのへん」
「あなたが寝坊する前」
「相当早いね」
彼女は窓の下で笑った。
俺は茶を一口飲み、まだ濡れた靴を、明日の朝までに乾く場所へ置き直した。




