荷より先に通る人
夜明け前の谷には、木を叩く音が響いていた。
凍った土へ杭を打つ音だった。遅れてもう一つ、鉄を叩く高い音が来た。床板を剝がすための楔だと、俺には分かった。
ダナは外套の前を留めずに走った。
橋の手前に、新しい男が二人立っていた。縄の代わりに横木が渡され、昨日戻した床板が再び外されている。サダの家から上へ出る踏み道も、枝を束ねた柵で塞がれていた。
俺たちは水路へ回った。
前日に下見をした板を渡る。エルナが後ろの人へ灯りを向け、キナは入口から、上へ来ようとする住人を呼び止めた。暗い水路へ皆を追い込むつもりはない。家の前で待つ方が安全な人には、そこで待ってもらう。
荷の石枠は、もう動いていた。
滑り木の上に太い縄が張り、斜面の上の巻き胴へ続いている。下では六人が押し、上で二人が回していた。枠の側面には四つの穴が並び、そのうち一つから、雪の塊がこぼれた。
ダナは作業の脇へ上がった。
「いま止めろ。下の人が出ていない」
元締めは、待っていたように指を差した。
「そこをどけ。ここは仕事場だ」
「サダの家の上だ」
「家へ入ればいい。終わるまで出なきゃ済む」
元締めが手を振ると、横にいた男がダナの腕を引いた。彼女は振り払わず、相手の肘へ手を添えて外側へ流した。男がよろめく。別の男が掴みかかった時には、彼女は一歩低い所へ降りていた。
足場の悪い場所で、他人と押し合うべきではない。分かっていても、止める言葉が喉の奥で詰まった。
元締めは上を見て叫んだ。
「巻け。石をそこまで寄せれば終わる」
俺は荷の進む先を見た。
張り出しの端に、滑り木の一本が掛かっていた。そこまで石を運んでから土台を崩すつもりだったのだ。下には水路の出口がある。いま崩せば、昨日作った通り道が埋まる。
エルナが住人を戻していた。サダは家へ下がろうとせず、束ねた籠を抱えて出口に立っている。エイムが彼女の腕を取ろうとして、思い直し、先の白い砂を指した。
「そこはだめだ。一つ後ろへ」
サダは彼を睨み、それでも足を引いた。
俺は巻き胴へ走った。
回す男たちの一人が俺を止めた。道具袋を見て、手を下ろした。
「ずれるぞ。縄へ近づくな」
「歯を止めて。下が空いてない」
彼は下を見た。元締めの声がまた来た。
男は柄を握り直した。
俺は彼の手へ自分の手を置いた。
「一度止めるだけ。枠は滑り木のこの位置なら止まる。次まで動かしたら、下の支えを外せなくなる」
反対側の男が、止め歯を落とした。
金属の音がした。縄が細く震え、枠の動きが止まった。俺は息をついたが、元締めはそれを見て上がってきた。
「手を出すな!」
エイムも反対の斜面を駆け上がっていた。彼は巻き胴の足元へ、橇から抜いた太い杭を差した。止め歯だけに力を掛けないよう、胴の腕を物理で支える。
俺はカザのくれた先端を柄へ取り付けた。
巻き胴と回し棒を繋ぐ継ぎ手の裏に、割り留めがある。荷を保つ止め歯と杭はそのままに、回す方だけを外せる。これを抜けば、元締めが柄を掴んでも荷を進められない。
だが、裏へ指は入らなかった。
細い先端を横から差し込み、曲がった端を留めの割れ目へ当てた。一度滑った。指へ鉄の冷たさが入り、焦りで刃先の位置が分からなくなった。
背後でエイムが短く呻いた。
元締めが彼の肩を突き、杭を引こうとしていた。俺は振り返りたかった。振り返って何をするのかは、考えていなかった。
「ノア、そっちを見ろ!」
ダナの声がした。
俺は柄を持ち直した。板を渡す時に使った角度を思い出す。刃の腹を金具に沿わせ、先だけを少し返す。割れた二本の端のうち、奥の一本が浮いた。
金具が動いた。
指を入れず、先端で引き抜いた。留めが雪へ落ち、俺は靴で押さえた。継ぎ手を横へずらすと、回し棒が空回りした。
元締めの手から、力が抜けた。
「壊しやがった」
「抜いた。戻せます」
俺は息を切らして言った。
「人が通ってから」
ダナが元締めの腕を押さえていた。彼女の頬に擦り傷があった。殴られたのか、石へ擦ったのか分からない。元締めは彼女を振りほどこうとしたが、作業をしていた二人が間へ入った。
その下で、サダが歩き始めた。
籠を二つ持ち、手綱へ腕を通して板を渡る。エルナが出口で彼女の荷を受け取った。次の一人が続いた。市へ行く荷、水桶、薬の包み。人が一人ずつ、自分の用事を持って軍道の下を通っていく。
町から来た二人は、その途中で石段へ着いた。
一人は雪を被った荷を見上げ、もう一人は下の人を見た。元締めが先に説明しようとしたが、サダが籠を地面へ置いた。
「私、昨日もここにいた。明日もいる。その前提で、この荷をどう運ぶか決めて」
風で、籠に残った枝の粉が流れた。
俺は抜いた留めを拾った。形は曲がっていなかった。手袋の親指に、小さな穴が開いていた。




