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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
覚えている道
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紙の端にあった部屋

エルナは俺の話を聞きながら、足の間へ湯を入れた瓶を挟んでいた。


宿の部屋は窓際から冷えた。冬市の騒ぎが終わると、町は急に静かになったが、寒さまで客と一緒に帰ってはくれなかった。机の上では、彼女が繕っている紙の端が乾きかけていた。北の仕事を失ったあと、古い道の地券を直してほしいという小口の依頼を受けたのだ。


「その図、こっちにも一枚ある」


エルナは足で瓶を押さえたまま立とうとして、椅子へ座り直した。


俺は笑った。笑うのを待っていたように、彼女は瓶をこちらへ突き出した。


「持って」


「温かい方を僕にくれるの」


「冷めるまで」


卓に広げた古図には、軍道の線が新しい墨で引き足されていた。薄い元の線は細く、所々で折れている。サダの家の位置へ目をやると、上から塗った黒の端に、部屋の角が小さくはみ出していた。


「上の線は、消すと下も取れる。だから、分けて見えるところだけにしてる」


エルナは斜めから灯りを当てた。紙が少し波打ち、別の筆圧が浮いた。


ダナが隣へ来た。


「ここだ」


彼女の指は紙に触れなかった。


「この角を見た。戸口まで残っていた」


俺は机の下の湯瓶を握った。指には十分な熱があるのに、背中だけ寒かった。


「別の隊が調べたと、思ってたんじゃないの」


俺の声で、ダナがこちらを見た。


「思おうとした。だが、私も聞いている。母親が中にいると」


「命令だったんだよね」


「私の印を求められた」


そこから先を、彼女は俺に助けさせなかった。


「戻って確かめれば、荷が遅れる。遅れた理由を聞かれる。私の測り方が悪いと言われる。次の隊に置いていかれる。それが嫌だった」


ダナは黒い線を見ていた。


「空いたと聞いたことにした。私は、そこを通る荷に乗って次へ行った」


俺は彼女の顔へ、昔見たことのある自分の言い訳を探した。違う形をしていてほしかった。


ダナは恥ずかしさを顔に出さず話す。だから余計に、彼女の目が瞬くたびに苦しそうだった。


エルナが紙を回した。


「この小さい線は、何?」


谷の水のそばに、軍道と別の細い道が残っていた。丸い印が三つ並び、一つだけが家の向こうへ続いている。


ダナは息を吐き、今の仕事を見る顔になった。


「私は測っていない。もっと古い」


「家の紙にしか残ってない。道の新図だと、沢になってる」


俺はその三つの丸を見た。穴か、柱か。山の部材の四穴とすぐ結びつけるには数が違う。それでも、荷台の石枠が頭から離れなかった。


エルナは乾かした紙へ薄紙を重ねた。俺が押さえようとした所を、彼女の指が先に押さえた。


「明日、私も行く」


「修復は?」


「頼んだ人がサダの隣に住んでる。渡しに行く。いま持っている図だけで直すより、現地を見たい」


彼女は新しい紙へ、自分の名を小さく書いた。それから横に、現地確認前、と添えた。


俺が見ていると、目だけを上げた。


「何」


「字、綺麗だなと」


「今さら」


湯瓶を返すと、彼女は掌で温度を確かめ、俺の手をそのまま両手で包んだ。


「指、まだ冷たい」


ダナは窓の方へ行っていた。俺は彼女の背を見てから、エルナの指へ自分の指を差し込んだ。二人分の手でも、温まるまでにはしばらくかかった。


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