知らない男の癖
町へ戻る道で、エイムは俺の歩幅に合わせた。
合わせるために余計な一歩を入れるので、橇がときどき踵へ当たった。苛立つたび、彼は橇を悪く言った。作った職人を悪く言い、最後には雪の薄さを悪く言った。自分の歩き方だけは、なかなか候補に上がらなかった。
その分かりやすさに、少し気が緩んだ。
「軍にいた時の記憶を、全部?」
俺が聞くと、彼は首を振った。
「全部出したら、靴の手入れも覚え直しか。面倒だな」
彼は笑おうとして、笑わなかった。
徴取されたのは、いくつかの区間を行軍し、部隊の帰着を確かめた体験だった。退役の手当と同じ席で片を取り、署名のあとに食事が出たことは覚えている。腹が減っていて、煮肉の脂を最後まで掬ったことも。
その前後は、ところどころ道が切れていた。
「行ったのは分かる。靴が一足駄目になった。仲間の名も、顔も、大抵分かる。でも、あそこの家の話をされると、煙の匂いが出ない」
エイムは鼻の下へ指を当てた。
「今だって、煙なら分かるんだ」
前を行くダナの歩みが遅くなった。エイムは彼女へ追いつく前に、声を落とした。
「あの人、俺がどんな顔してたかも覚えてるかね」
「分からない」
「聞きゃ分かる。でも、聞いて、笑ってたって言われたらどうする」
俺には、うまい返事がなかった。
エイムは俺の顔を見て、少し肩をすくめた。
「あんたも、ない所がある?」
「ある」
「じゃあ、まあ」
続きは出てこなかった。だが、その中途半端な言葉のあとで、彼の歩幅は少し普通になった。
町の口で荷の検めが始まっていた。軍道用の綱を結んだ男たちが、古い歯車や石枠を積み直している。指揮していた元締めは、頬に細い傷があり、上等な革手袋の片方を帯へ挟んでいた。
ダナが図を見せろと言うと、彼はすぐに出した。初めから隠す気がなかったのが、俺にはかえって嫌だった。
「あの家を越せば、下は一直線だ。春の緩む前に上を片づけたい。石枠が重いから、曲がりを二つ削る」
「湧水への道は」
「荷のない時に使える」
「人は荷のない時だけ水を飲むのか」
元締めはダナの顔を見た。
「文句を拾う仕事なら、先に言ってくれ。俺は道を通す人間を頼んだ」
ダナは図を返さず、平たい所へ広げた。沢側の線を爪で押さえた。
「この幅は実地で取っていない。外へ一人逃げると落ちる」
「荷役人を立てる」
「一日中か」
「その賃を誰が出す」
声が重なる前に、エイムが縄の束を置いた。
「まだ受けた印は押してねえ。俺の賃に入れるなよ」
元締めは彼を睨んだ。エイムは目を逸らしたが、束を肩へ戻した。
俺は荷台に載った部材を見た。黒くなった金属の枠に、四つの穴があった。すぐに鞄の紙を出したくなった。しかし、ここで自分の知りたいことへ飛びつけば、ダナたちの話を置き去りにする。
迷っていると、元締めが俺の目を追った。
「刻線の人か。あれを読めるなら、別に頼みたい仕事がある」
報酬の話が続いた。
俺は最後まで聞いてしまった。しかも、なかなかよい額だった。こういう場で金額だけは正確に覚えられる自分の能力を、誰かが買ってくれればいいのにと思った。
「道を見てから、返事をします」
やっとそう言うと、元締めは笑みを薄くした。
「二人揃って同じことを言う」
その言い方が、少し嬉しかった。
嬉しかったことをダナへ知られたら、いまの彼女には重いだろうと思い、俺は鞄の口を閉めた。




