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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
冬を買う人々
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二つの入口

テムの作業場では、二つの箱が開いていた。


内張りの布へ、くすんだ金属の薄板が一枚ずつ載っていた。俺はもっと大きなものを想像していた。自分の生まれ方を変えるかもしれない品が、両手に載るほどしかないのは、いくらか失礼な気がした。


「眺めるなら、こっちから」


テムが灯りを寄せた。


薄板には、普段の封片の乳白色の筋はない。表面の細い溝の端で、金属が押されて盛り上がっていた。装置が受理を終えた時、閉じる部分がそこへ残した痕だという。


俺は片方へ顔を近づけた。ほかにも古い傷はあったが、その痕だけが、縁の印を越えて奥へ続いている。


「これが、一度閉じた跡」


テムは細い棒を少し離して添えた。


「手でなぞらない」


俺は伸ばしかけた指を引いた。


片方は出生の日の欄から辿ったものだった。もう片方は、別の簿冊へ繋がっていた系列のもの。写しを作る時に番号を振り直したのなら、二冊に書かれていても、出来事は一度かもしれない。その可能性が残っていた。


エルナは、薄板と一緒に届いた紙とは別の包みを開いた。


移管された年に、受取り側の倉で作られた荷改めの記録だった。いまの照会に合わせて誰かが書いた紙ではない。閉じ紐の跡が紙へ沈み、外側は茶色くなっていた。


「一方は、東の受け口の装置から外した板。もう一方は、内側の予備口に付いていた板」


彼女は二か所を指した。


「保管箱の番号だけじゃない。外した場所と、板の縁の番号が一致してる」


俺は二枚を見比べた。


縁の作りも違っていた。片方には丸い逃がしがあり、もう片方は角を短く落としてある。テムは用意してあった受け口の古い寸法図を並べた。形がそれぞれに収まった。


「同じ板を二度数えたんじゃない」


俺が言うと、テムはうなずいた。


「別の口が、一度ずつ働いた。運んだ先で箱を替えたという記録だけでは、この二つの痕はできない」


「でも、別の人に届いたものかもしれない」


声が思ったより速く出た。


エルナは次の紙を見せた。


受け側の番号があった。俺の出生の記載へ繋がる番号。同じ番号が、別々の装置の受理先として書かれていた。エルナはそれを口で読み上げなかった。俺が自分で目を動かす間、紙が浮かないよう端を押さえていた。


俺は二つを往復して見た。


「僕に」


テムは返事を待った。


「二度、届いてる」


「そこまでは、言える」


彼女は静かに言った。


作業場の外を荷車が通った。車輪の片方に何か挟まっているのか、一回転ごとに小さな音がした。音が遠ざかる間、誰も喋らなかった。


俺の中には、日本で三十一年生きた時間があった。


働いて、辞めて、人に腹を立て、母の連絡を放り出した。海で倒れ、誰かに助けてほしいと思った。そのあとで、こちらの母の腕の中にいた。


それを俺は、ひとつづきの自分として覚えている。


そこへ、入口が二つあると言われた。


腹の底が冷えた。誰かが入り口を間違えて、俺の人生へ紛れ込んでいたのだろうか。俺が自分のものと思ってきた欲や恥ずかしさのどれかが、知らない他人のものだったら。


自分の掌を見た。


春の感触を失った小指。道具の柄で硬くなった皮膚。爪の際に、外套を持ち直した時に付いた青い糸くずがあった。


俺はそれを摘まんだ。うまく取れなかった。


エルナが手を伸ばした。


糸くずを取ってから、そのまま俺の手を裏返した。金具で擦った所を見て、昨日より赤みが引いたと言った。


「いま、その話?」


「気になったから」


彼女の指が俺の手首へかかっていた。脈を数えるつもりはないのだろう。ただそこに指があるので、俺は自分の脈を感じた。


息を吸った。作業場の油と紙の匂いがした。


「二つ目には、何が入っていたんですか」


俺はテムへ聞いた。


「この板には中身が残っていない。ここで分かったのは、違う口が二度受けたこと」


テムは薄板へ布を掛けず、俺に見えるままにした。


「二つの原体験が丸ごと来た、とまでは言えない。同じ原本を二度出した証拠もない。次に見るのは、その口へ何が繋がっていたかだ」


俺は顔を上げた。


「繋がっていた所は、辿れる?」


「使った装置が違うと分かった。探す図面が絞れる」


初めて、二枚の板が恐ろしいだけの物でなくなった。


ずっと同じ箱の前に立たされている気がしていた。箱は開かない。番号だけが増える。だが、いまは扉が二つ見えている。どちらかは、俺が覚えているあの海の向こうへ繋がっているかもしれない。


「二つとも調べたい」


俺は言った。


エルナの指が少し緩んだ。彼女は俺を見ていた。


「怖いけど」


付け足すと、彼女はうなずいた。


「うん」


紙の上へ目を戻した時、もう彼女は俺の手を握っていなかった。代わりに、二枚を一緒に見られるよう灯りを動かしていた。


俺は椅子を引き寄せた。


卓には三人が座るだけの幅があり、俺の膝はエルナの膝へ、ときどき軽く当たった。


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