踊りの下手な男
吹雪が止むと、町の音が遠くまで通るようになった。
屋根の雪を落とす声、橇を引く子供の歓声、軒下を歩けと怒鳴る声。昨日まで家の間で渦を巻いていた風が止まり、青い空が、雪に囲まれた町を眩しいほど明るく見せていた。
俺はヨレスの市がそのまま終わるものだと思っていた。
ラセルは、そうは思わなかった。
「歌う場所は残ってるんだろ」
乾燥室へ来て、彼はそう言った。
「市の広間は半分空いた。あっちは食い物屋もいる。踊りの夜までなくして、誰が得するんだ」
「あなたは歌えば稼げる」
「ようやく話が早い客に会った」
ラセルは笑い、俺の外套を見た。
「直したんだな。前よりいい。継ぎ目があると、来年も着る覚悟に見える」
俺は礼を言うべきか迷った。
彼は冬市で、昔の旅の一夜を売っていた。南の街で、仲間と朝まで歌った時の体験だったという。暖かさを買う客には、寒い山頂よりよく売れる。
「まだ売るんですか」
俺が聞くと、彼は首を傾げた。
「昨日、済ませた」
「暖房なら、ここが」
言いかけて止めた。
ラセルは俺の顔を覗いた。少し可笑しそうに、少し面倒そうに。
「靴が欲しかった。あと、南へ行く金」
彼は片足を上げた。靴底の革が二重になっている。よく手入れされていたが、踵の角は擦り切れていた。
「南に、会いたい人がいるんだ。あっちの兄貴に嫌われてるから、いい靴で行く。男を見る時、靴から見るやつでさ」
「いい靴だけで足ります?」
「足りない分は喋る」
たいへん信用ならない計画だった。
それでも彼が新しい靴を履き、よく磨いた顔でその家を訪ねるところは、少し見てみたかった。
「売った歌は、歌えるんですか」
「歌は残ってる。あの夜、誰の声へ俺が笑ったのかは、もう手を伸ばしても届かない。仲間の名は分かるんだけどな」
彼は一度唇を噛み、それから楽器の紐を肩へ掛け直した。
「損したかどうかは、まだ分からん。俺の新しい靴を見て決めてくれ」
今夜の演奏料について話し始めた時には、彼の声はもう明るかった。
*
俺は踊りが下手だった。
前の人生でも、その事実を十分に確かめる機会はなかった。体重移動くらいなら歩いている時に毎日やっているはずなのに、音に合わせるだけで、なぜ急に二本の足が他人になるのだろう。
広間の灯りは、色硝子を通して床へ淡い輪を落としていた。取引の台が片づけられ、壁際には焼いた肉と湯気の立つ椀が並ぶ。酒を飲まない人にも甘い温かな飲み物があり、蜂蜜の匂いに、俺は村のアニを思い出した。
エルナは、踊り始める前に何度も髪を触っていた。
いつもと結び方が違った。後ろへ全部まとめず、耳の横に少し残している。俺が何か言うのを待っているのかと思ったが、見ていると、糊の付いた手で触った所が固まって気になるだけらしかった。
「変?」
聞かれて、俺は首を振った。
「いいと思う」
「いま、長く考えた」
「長く見ていた」
言ってから、自分でもよくそんな返事が出たものだと思った。エルナは一瞬口を閉じ、それから手を俺へ差し出した。
最初の一巡では、彼女の靴を踏んだ。
二巡目では、踏まないよう足を広げすぎ、横の男にぶつかった。男は笑って避けたが、隣の女は笑わなかった。俺はすぐ謝った。
「私の足、見すぎ」
「踏まないように」
「顔を見て」
顔を見ると、今度は近さが気になった。
彼女は少し火照っていた。まつげの下に灯りが入り、笑うたび、唇の端に小さな皺が寄った。手は俺より冷たかったが、踊っているうちに同じ温度になった。
ラセルが歌の節を変えた。足を一度止めて、相手を回す所らしい。周りを見て真似ようとした俺より先に、エルナがくるりと回った。俺の腕が引かれ、危うく二人で倒れかけた。
彼女は笑った。
俺も笑った。うまく踊れない時は、笑っている方が少しだけ上手に見える。そんな姑息な発見が、今夜は非常に役に立った。
曲が終わると、俺たちは壁へ逃げた。
犬の宿の女将が椀を渡してくれた。エッダは椅子に座り、踊る人々を値踏みするように眺めていた。キナは動かすなと言われた腰を片手で押さえながら、座ったまま足で拍子を取っている。
「あの人、呼んでるよ」
エルナが言った。
キナが俺へ二本指を立てた。運び賃が二つ足りなかったのかと一瞬身構えたが、違った。彼女は俺の足元を指して、左右へ大げさに振ってみせた。
「もう少し、小さく動けって」
エルナが通訳した。
「荷運びの助言?」
「踊りにも効くんじゃない」
俺たちは次の曲にも出た。
今度は誰の足も踏まなかった。一度だけ、エルナが俺の足を踏んだ。彼女は気づかなかったふりをしたので、俺も気づかなかったふりをした。
帰り、雪の上に二人の足跡が続いた。
町はまだ明るく、窓の内側で人の影が動いていた。エルナは歌の最後の部分を小さく口ずさんだ。調子の外れた所があったが、俺の踊りを見た後の相手に指摘できるほど、俺は勇敢ではなかった。
宿の手前で、彼女が足を止めた。
「また来たい」
「冬市?」
「踊りに。次は最初から」
俺はうなずいた。
二階の窓から笑い声が降ってきた。俺はエルナへ顔を寄せ、通りから半歩外れた所で口づけた。彼女の唇は冷たく、触れているうちに少し柔らかくなった。
離れた時、彼女は俺の外套の襟を直した。
「フルナの縫い目、引っ張らないで」
「いま僕の心配をする所じゃない?」
エルナは笑って、先に宿の戸を開けた。




