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忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
地図の外の家族
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地図の白い端

十五歳の秋、俺たちは東の貯水工区へ向かった。


戦争のあとに作られた水路の台帳を調べる仕事だった。


オルネは膝を悪くし、長い徒歩の調査は俺とエルナに任されるようになっていた。


護衛に雇われた女はダナと名乗り、剣より長い物差しを荷に差していた。


「元は測量兵。

今は、揉めそうな土地の長さを測る」


道中で彼女はそう言った。


国境が動くたびに畑の持ち主が変わる。


地面は何も動いていないのに、人間のほうが地図を持って走り回るという。


ダナは南の塩原の民だった。


耳の端に小さな銅輪をつけ、食べる前に器を半回転させた。


こちら側の祈りとは違うらしい。


俺が理由を聞くと、片側だけ欠けるのを避けるためだと言った。


宗教だと思ったものが食器の節約だったので、俺は少し失望した。


「何でも意味深く見るんだな、記録屋は」


エルナが笑った。


俺は、それも文化への敬意だと言い訳した。


道の脇には、名前を削られた石碑がいくつもあった。


近づくと文字の痕が残っている。


徴取刑を受けた兵の名だという。


反乱に加わった者から、戦地で得た方位の記憶を取り、軍の道具にした時代があった。


「今も?」


「公には禁じてる。

今は罰金を払えない人に、自分から売る申立書を書かせる」


ダナの声は、道の具合を話すのと変わらなかった。


その慣れ方が嫌だった。


俺は嫌だと思うことで、自分が何か正しいことをした気分になりかけた。


宿は川を渡る手前にあった。


二階の床に藁が敷いてあり、戸の外で鶏が鳴いていた。


エルナは寝る前に靴底の泥を削った。


俺は明日の仕事を考えているふりで横になり、

彼女に自分の靴も掃除してもらえるかどうか試した。


「ノアの靴、ここ」


彼女は俺の腹へ置いた。


「分かってる」


「分かってても、放っとくと私がやると思ったでしょ」


正解だった。


俺は上半身を起こした。


ダナが向こうで吹き出した。


そんな夜が続いた。


雨で帳面が湿り、朝には紙を一枚ずつ乾かした。


食べ物が乏しい日は、エルナが自分の分を少なく取った。


俺は最初、それをありがたく受け取った。


三度目にダナが、よく食う弟子だ、と言ったので、ようやく恥ずかしくなった。


エルナもいつも立派なわけではなかった。


自分の写した記号が違うと指摘されると黙り込み、

間違いを確認したあと、半日ほど俺に素っ気なくした。


翌朝、正しかった、と短く言った。


俺は勝ち誇りたい気持ちと、

そうすると次に謝ってもらえなくなるという知恵の間で葛藤し、何とか頷くだけで済ませた。



貯水工区には、水のない船着き場があった。


長い石段が草地へ下り、先に鉄の輪をつけた石が並んでいた。


村で現れたものと同じ形だった。


土地の人は古い荷車の係留場だと言ったが、輪は荷車を繋ぐには低すぎた。


壁の刻線には、水位を示す数字がいくつも残っている。


俺は自分の村の話をした。


ダナは黙って石を触り、エルナは紙へ形を写した。


「こういう場所、南にもある」とダナが言った。


「何だと思う」


「まだ名前の決まってない、昔の失敗」


彼女は冗談を言っていなかった。


管理小屋で地図を広げると、東端に太い灰色の帯があった。


そこから先は、測量不能域、とだけ書かれている。


古い地図では同じ場所に地名が七つあった。


さらに古い帳面には、地名と地名の距離が現在の三倍以上あった。


「紙が縮んだとか」


俺が言うと、エルナは隣の村の距離を指した。


そこは変わっていなかった。


同じ机に三枚を並べると、地図は窓のように見えた。


窓の向こうの景色だけが、時代ごとに違っていた。


小屋の奥には工事費の領収書があった。


公印のある台帳は、該当する頁だけ墨が滲んでいた。


だが、食事を売った店の控えには人名が残っていた。


炊き出しの受領者、セラ・ベルナ。


俺は文字を二度読んだ。


ベルナは母の旧姓だった。


村を出るとき、保証人の書類で知った名だ。


日付は、俺が一歳だった年だった。


「母さんの親戚かもしれない」


俺が言うと、エルナは紙を灯りへ透かした。


さらに下に、アルヴェイン灯台へ帰任、とあった。


帰るべき場所が紙に残っていた。


帰る者の名前を、家では誰も知らなかった。



その夜、俺は寝つけなかった。


エルナが起きてきて、井戸端で隣に立った。


宿の屋根から雨の名残が落ち、暗がりで桶を叩いていた。


「紙、送る?」


「写しだけ。

母さんが困るかもしれない」


「困ると思う」


「でも知りたいよな」


「私は知りたい。

でも、ノアのお母さんは分からない」


彼女は、俺の家族を自分の正しさに当てはめなかった。


俺はそれがありがたかった。


「僕、前にこの人を知ってたのかな」


「一歳なら、抱かれたかもね」


俺は暗い水面を見た。


生まれた家の匂いを思い出した。


干した葉と、母の乳と、窓から入った風。


そこにもう一人がいたのかもしれない。


確かめようとすると、記憶は自分の望む形に並びたがった。


エルナは俺の肘に、自分の肘を軽く触れさせた。


励ますためだったのか、狭かったからか、分からなかった。


俺は動かずにいた。


理由を確かめて、些細な温かさを失いたくなかった。

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