窓を開けて縫った日
フルナは、自分の上着を直す順番をいつも最後にした。
客の上着なら、糸の代も針の代も貰える。自分の袖口を縫っても、出来上がるのは昨日と同じ上着である。そう考えているうちに裂け目が広がり、今朝は戸の金具へ引っかけて、指が二本入るようになっていた。
冬市の列で、彼女はその穴へ親指を入れた。
前の男の襟には毛皮が残っている。後ろに並んだ老人は、片方だけ違う色の手袋をしていた。売る場面を書いた札を皆が持っているが、誰もほかの人の札を読もうとしない。フルナは視線を上げ、屋根の端に結び付けた風見布を見た。
布は谷の入口へ真っすぐ引かれていた。山へ上がっていた風が、戻り始めている。
彼女は順番が来るまで、繕い物の代金を払うと言った客の顔を思い出した。冬市が終われば入る金だった。屋根の隙間を塞ぐ板も、床から寝具を上げる台も買える。その日までの薪がなかった。
暖房用の薪を届けるはずの小売りは、倉からまだ出せないと言った。代わりに買える小束は、昨日より高かった。フルナは怒って店を出た。その帰りに、冬市の買い取り札を貰った。
札には、暖かな体験は高く買う、とあった。
思い当たる日があった。
夏の午後。急ぎの仕事を仕上げた後、自分の服を縫った日だった。青い布を膝に広げると、窓から入る風が裾を膨らませた。片足だけ靴を脱ぎ、床板へ踵をつけていた。外では誰かが桶を落とし、悪態をつき、その後から笑い声が聞こえた。
縫い目は少し曲がった。客の服なら解いていたが、その日はそのままにした。針を置き、水差しの冷たい腹へ頬を寄せた。自分のために縫った服の中へ腕を通す時、布がまだ日向の匂いを含んでいた。
あの日の服は、今も箪笥の下にある。
服が残るならいい、と思った。夏はまた来る。来なければ困る。
係に呼ばれ、彼女は中へ入った。
*
フルナの封片を検査した時、俺は袖口の穴に気づいた。
「服が引っかからないよう、少しここへ」
台の端を示すと、彼女は穴へ差していた指を抜いた。
受取りの術者は、範囲を説明し、引き込みを止める時には手を上げるよう伝えた。フルナは一つだけ質問した。
「縫い方は残るんですね」
「覚えた手順は。ただ、あの時どこで針を休めたか、何を見ていたか、そうしたつながりには及びます」
彼女は膝を見た。それから、お願いしますと言った。
術が始まると、薄板の中に淡い筋が生まれた。俺は止め目と縁を見ていた。裂けも、予定より広い引き込みもない。彼女の右手が一度上がりかけたので、術者はそこで待った。
「夏って、長かったですよね」
フルナが言った。
俺は答えられなかった。今年の夏の長さについて聞かれたのか、差し出している午後についてなのか、分からなかった。
彼女は手を膝へ戻した。移送が終わった。
給金を受け取った時には、もう袖口の穴を隠していなかった。硬貨を二つの袋へ分け、片方を懐の深い所へ入れた。俺の前を通る時、椅子の背に掛けた新しい外套を見た。
「よい布ですね。襟、今のうちに一針入れると、冬中もつ」
俺は襟を触った。
「縫えるんですか」
言ってから、彼女が先ほど何を確かめたかを思い出した。
フルナは片方の眉だけ上げた。
「代金を払ってくれるなら」
俺は外套を脱いだ。彼女は困ったように笑い、今夜はまず薪を買うから明日にしてくれと言った。
その夕方、検査を終えると、売り場の台に新しい札が並んでいた。
『窓を開けて縫った夏の午後』
明るい字だった。値段は、俺が見た買い取り額よりずっと高かった。金額の差には術者の仕事や場所代も入っているのだろう。頭では幾つも理由を挙げられた。
その間も、穴のある袖から出た彼女の指が、妙にはっきり浮かんでいた。
台の前で客の女が、素敵ね、と言った。
俺は外套の襟を裏返した。縫い目の一か所が、もう少しで切れそうになっていた。




