夏の箱
夏の市で、エルナは鳥を買おうとしていた。
本物ではなく、紐を引くと首の伸びる木の鳥だった。嘴だけがやたらに長い。どう見ても水鳥を作りかけて失敗した物だが、店の男は、遠い沼にいる珍しい鳥だと言い張った。
「名前は?」と彼女が聞いた。
「あっちでは、いろいろ呼ぶ」
便利な沼である。
エルナはもう一度紐を引いた。首が伸び、引っかかって戻らなくなった。彼女と鳥が、同じ角度で店の男を見た。
俺は笑ってしまった。
「あ、いま笑ったから。半分払って」
「笑いの権利を買ったつもりはない」
「じゃあ全部、私のもの」
彼女は値を三分の二まで下げて鳥を買った。首が戻らない不良品の値段として適切かどうかは分からなかったが、店の男は真顔で、そういう姿勢でも暮らす鳥だと説明した。
買い物の後、川沿いの石段で焼いた生地を食べた。エルナは薄く縮れた端を先に折り、俺の皿へ落ちた欠片まで指で拾った。表面がぱりっと割れる音を聞くと、俺まで同じ所が欲しくなる。
川では少年たちが空の桶を競争させていた。俺は危うく手を貸して勝たせたくなったが、少年の一人に「大人は向こう」と言われた。何もしていない段階で見抜かれた。
「工房の競技、まだ足りない?」
エルナは膝の鳥を押さえながら笑った。
「次はカザに勝ちたい」
「もう次の柄の図、描いてるでしょう」
「どうして」
「夜中に紙を落とした音がした」
彼女が俺の部屋に泊まった晩だった。こちらが眠りを削って構想に励んでいる横で、彼女はぐっすり寝ていると思っていた。
「起こした?」
「一度。次に落とした時は拾ってから寝た」
俺の知らない所で、俺の野心は随分と面倒をかけていた。
市からの帰りには、二人でロイの家へ寄った。木の鳥を見せると、彼はしばらく嘴の先を眺め、それから腹の穴を覗いた。
「紐が反対だ」
エルナが椅子を寄せた。
父親の指は、細かな結び目の前で止まった。紐をどこへ通すつもりだったのか、もう一度鳥を裏返す。エルナが手を出しかけて引っ込めた。
ロイは眉を寄せたまま、鳥を俺へ渡した。
「君、ここを持って」
俺は嘴の長い頭を持った。エルナが父の指す穴へ紐を送った。三人がかりで直した鳥は、紐を引くと今度は首が縮んだ。
ロイが驚き、それから笑った。エルナも笑った。笑っている間だけ、鳥の本当の姿など誰も気にしなかった。
帰る時、彼女はその鳥を父の机に置いた。戸口で、また買いに行こうと言った。
「次はもう少し丈夫なのを」
「僕は食べられるものがいい」
「鳥も食べられる」
「これは無理だと思う」
彼女は先に道へ出た。西日で髪の端が透けていた。俺は家から持ってきた荷を持ち直し、少し早足で後を追った。
*
八日後、オルネの工房で、俺は二つの箱の寸法を測っていた。
中に入るのは、俺の昔の記憶ではない。
外部の体験がこちらへ受け渡された時、装置に残った受理の痕だった。二系列ある俺の索引を辿った先で、別々に保管されていた古い薄板が見つかっていた。片方を調べた報告だけでは、同じ受け渡しの記録を二度書いたのか、本当に異なる何かがあったのか、まだ決められない。
二つを同じ場所へ運んで比べる。その許可が、ようやく揃った。
「触ったら、何か思い出すかな」
俺は箱の内張りを指で押した。
「君に渡ったものは君にある。これは装置の使われた跡だ」
オルネは糊の刷毛を皿へ伏せた。
「それは分かってる。ただ、こう、手を置いた瞬間に」
「蓋が壊れる」
老人の予想する奇跡は現実的だった。
去年の鈴の一件以来、テムは、古い外部受理の終わり方を調べ続けていた。本人が昔の出来事の中に感じた音が、実際に届いたのは昨日だったこともある。俺が海の上に叔母の姿を見た時と、こちらに記録された日付も、内側から思い出すだけでは決まらない。
だから、俺の頭をもう一度覗くより先に、残った物を見る。
夏の間に二か所から荷を出し、秋の乾いた時期を使って北へ運ぶ。薄板の保全に慣れたテムの作業場なら、運んだ後も急いで開けずに済む。エルナが箱の合わせ目に指を滑らせ、包み紙が縁へ噛まないかを確かめた。
「片方は移した年の荷改め帳が別に残ってる。それも照らし合わせられる」
彼女は言った。
「二回届いてたら?」
俺はできるだけ軽く聞いた。
糊が乾く間の話にしておけば、怖がっていると思われずに済む。
エルナの指が止まった。
「まず、何が二回なのかを確かめたい」
俺はうなずいた。箱へ納める物が二つだというだけで、自分まで二人に増えたような心細さがあった。片方が本物で、片方が余り物だったら、どちらが俺だろう。
そこまで口にはしなかった。彼女も急いで安心させようとはしなかった。
代わりに、俺の手から寸法棒を取った。
「これ、裏」
数字を逆から読んでいた。
俺は箱から手を離した。エルナが寸法を測り直す横で、板の角を布で磨いた。細かな木屑が日差しの中へ浮き、糊の甘酸っぱい匂いと一緒に、開いた窓へ流れていった。
その秋、俺は二十二になった。
北の宿場へ納めた保守具は、八か所のうち一か所で早くも柄を失くされ、もう一か所では頼んでもいない長い柄が取り付けられていた。使う人間がいる道具は、作った時の顔をいつまでも守ってはくれないらしい。俺は長い柄の寸法を送ってもらうよう返事を書いた。カザより先に改良へ取り込めるかもしれなかった。
冬市の検査仕事の依頼は、その返事と入れ違いに来た。
報酬を三度読んだ。一度目は間違いを探し、二度目は取り分を計算し、三度目には、新しい外套を着た自分が思い浮かんだ。
どうやら俺の冬は、今年こそ暖かくなりそうだった。




