もう少しの長さ
新しい紐を買う金ならあった。
それを最初に認めてしまうと、その日俺が灯台の窓際で費やした半日には、ほとんど弁護の余地がなくなる。
北の工房から戻って初めての春だった。窓の下には、冬の間に吹き込んだ砂が薄い帯を作っていた。布で拭うと塩が白く残り、もう一度濡らした布で擦らなくてはならない。窓板を吊る古い麻紐も湿りを吸って硬くなり、折り返した所では細かな毛が逆立っていた。
俺は傷んだ所を切り捨て、残った三本を撚り合わせていた。
新品を買えばすぐ済む、ということも知っていた。俺がいま編んでいるのは紐というより、朝のうちに口にしてしまった「これくらい直せる」の続きだった。
「ノア。下げていい?」
窓板を持っているジナが聞いた。
「もう少し」
「さっきのもう少しは、どの辺まで来た?」
「半分くらい」
「ずいぶん遠くに住んでるね」
ジナは肩で窓板を支え直した。俺より上手に道具を使う人間が、俺の家の近くにいる。旅へ出る前にも知っていた事実だが、帰ってくると改めて腹が立つ。俺は北で保守具の採用を勝ち取った男なのである。いまの相手は紐だった。
指の付け根へ食い込んだ麻が、じわじわと汗を吸った。三本の撚りが緩まないよう、左の小指へ一筋だけ回す。右手で送った長さを左へ引き取ると、乾いた繊維が掌の横を擦った。
海からの風はまだ冷たかったが、日が当たる窓枠には春の温かさがあった。下の道を羊が通り、その後ろを追う子供の声が、石壁に当たって少し遅れて聞こえた。ジナの鼻先にも汗が浮いている。
「そっち、重い?」
「ううん。生まれた時からこうしてた気がする」
「一度置こう」
「それを待ってた」
二人で板を台へ下ろした。ジナが指を開いて閉じる。俺の方は麻を巻いた小指が抜けなくなっていた。慌てると余計に締まるので、平静を装って親指で撚りを戻した。
「手、貸す?」
「大丈夫」
「北でもそれ言ってた?」
「大体」
「向こうの人、大変だったね」
紐が解けた拍子に、切れた繊維が鼻に入った。俺は返事の代わりにくしゃみをした。ジナはそれを見て笑い、窓枠へ腰を預けた。
階段で靴音がした。父が小さな籠を持って上がってきた。中に茶の水筒と、母が焼いた根菜の包みが入っている。母からの伝言は、いつまでも窓を開けているなら、灯室に干した薬草を先に下ろしてほしい、というものだった。
父は俺の膝の紐を見て、次に窓を見た。
「短いな」
「傷んだ所を切ったから」
「なるほど」
猟師の父は、短くなった罠の縄について長い議論をしない。うなずいて水筒を置き、懐から新しい紐の束を出した。
「納屋の分だ。使っただけ買っておいてくれ」
俺は束を見た。穏やかな色をした、長くて丈夫な麻紐だった。少し腹が立つほど長かった。
ジナが俺の手の古い紐を摘まみ、窓の留めから留めへ渡した。途中に作った結び目が滑車の口で引っかかった。
「あと、ここの太い所を削る?」
「削ったら紐じゃなくなる」
「じゃあ、完成だね」
俺は新しい束へ手を伸ばした。
ジナが大げさに拍手したので、俺は彼女へ長さを測る役を押しつけた。二人で悪口を言いながら作業すると、さっきまで進まなかった窓は、腹立たしいほど簡単に納まった。
最後の引き具合を見る時だけ、俺はもう一度、麻を左の小指へ回した。窓板を支えた右腕の重さを紐へ逃がし、指の付け根へ均等に圧がかかる所を探る。引きすぎれば板の下が浮く。弱ければ風に煽られる。
「そこで待って」
ジナが金具を合わせた。
細い、二つ重なる音がした。硬い留めが当たる音と、その後から窓枠の中で軽く跳ねる音。大きな仕事をしたような響きではなく、これで開かなくて済む、という程度の頼りない音だった。
手を緩めても、板は動かなかった。
「ほら。もう少しでできた」
俺が言うと、ジナは声を立てて笑った。
父は籠の根菜を食べていた。俺たちの分まで減る前に片づけようと、道具を急いで箱へ戻す。古い紐は短く切って、刷毛の柄を掛ける輪にした。捨てずに済んだので、その日の俺の敗北は、せいぜい七割だった。
ジナは窓板を二度押し、振り返って俺へ手を出した。
「で、もう少し働いた分」
「根菜、もう一つ?」
「給金」
父が口を覆った。
笑ったのか、熱かったのか、俺には見なかったことにする自由があった。




