↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ潮の灯台守  作者: Tpump6957
借りた痛みの工房
PR
105/196

負けるところも見ていろ

最後の夜、イェトが机へ突っ伏した。


眠ったのかと思ったが、声をかけると、うるさい、と返ってきた。指の付け根を額で押していたのだ。俺は湯を取りに立ち、途中で椀の底に削り粉が入っているのを見つけて洗い直した。


「もう出来たんですから、寝ましょう」


「触るなよ」


「寝ると言っています」


「寝ない奴がそう言う」


イェトは顔を上げ、試作の箱を自分の側へ引き寄せた。


俺は手に持っていた細い刃を、そっと置いた。あと一本、ほんの少しだけ線を削れば、速くなる気がしていた。既に一度、同じ考えで留めの幅を狭くした。今度は違うという説明も用意してあった。


彼にそれを見せるには、夜が遅すぎた。


箱の中には、柄が三種類入っていた。


先端は細いものと、短く丈夫なもの。両方とも根元の形を揃え、先を外す時には爪で引かず、留めを掌で押して回せるようにした。フェルドの割れた爪を思い出す。彼は今日、外の仕事へ短い時間だけ戻ったという。


試験用に使った小片の箱は、別に並べてあった。


何も入っていない透明な欠片が、下の方で重なっている。改良がうまくいった時にも、失敗した時にも、筋は同じようになくなった。その数を見ていると、明日は少しだけ神経質になってもよい気がした。俺たちが使った物に見合う結果を、実際に出したかった。


「お前は、負けたことあるか」


イェトが聞いた。


「この人生の分だけでいいですか」


「自慢なら短くしろ」


俺は笑い、椀を渡した。


「これで勝ちたいです」


彼は湯を飲み、顔をしかめた。熱すぎたらしい。俺が謝ろうとすると、掌で止めた。


「俺もだ」


簡単な答えだった。


彼は一度だけ箱の中を見て、蓋を閉めた。


翌朝の荷場には、宿の者たちが集まっていた。


上の道ほど寒かったらしく、入口には霜のついた荷袋が並んでいる。手袋を脱いで指へ息を吹く男、他人の湯へ勝手に手をかざす女。荷場長が説明を始める前から、誰の戸が何度外れたかを巡って言い合いになっていた。


カザは既に道具を並べていた。


黒い柄が、前より少し丸くなっている。握り直す位置に薄い木の印がついていた。セドはその脇で、使う鉄の留め具を数えている。手にはまだ布が巻かれていたが、顔色はよかった。


「今日は使わないの?」


俺が聞くと、彼は布を見せた。


「こっちから見れば、下手なところを先に見つけられる」


「僕の?」


「誰のでも」


彼は先に笑った。


奥の壁際には、フェルドもいた。


昨日まで使っていた照合板は外されていた。閉鎖の確認はテムが一人ずつ別の場所で済ませ、新しい開始用の台へ本人を繋ぐ線は一切ない。板の跡には、何もついていない木肌が見えた。


フェルドはそれを触ってから、こちらを見た。


「爪を使わなくなったか」


俺は留めを押して外してみせた。


「少し高くなりました」


「なら、元を取れ」


始めの鈴は、荷場長が鳴らした。


新しい台では、短く一度だけだった。フェルドの肩が動いた。俺は目を向けかけ、道具へ戻した。彼はそこに残り、自分で見ると決めて来ていた。


最初の課題は、朝から止めてある荷車の修繕だった。


輪を囲う木の裂け目へ、温めた薄い金具を差し込み、別の職人が打つ楔で留める。火床から移している間に金具が冷えれば、もう一度やり直す。昨日までの見本より、隙間の奥が深かった。


先にカザの工房が使った。


細い先が奥へ入る。道具を持つ職人は、手首を一度だけ返した。金具が吸いつくように向きを変え、楔を打つ小槌が三度鳴った。


終わり、という声がした。


俺は砂時計を見て、次に道具を見た。


速い。


それ以外に言うことがなかった。


カザは見物人の方を見なかった。自分の職人の指が柄から離れるところまで確かめてから、ようやくこちらへ目を向けた。


口元が、僅かに動いた。


どうだ、という顔だった。


俺は自分の番に立った。


最初の一つは、うまくいった。前よりも細くした先が溝を抜け、刻線へ力が通る。白い筋が動いた分だけ透ける。止め目を閉じ、職人へ金具を渡した。


二つ目で遅れた。


柄を返すところで厚い手袋が引っかかる。俺は親指を逃がし、少し外側から持ち直した。上着の背中が汗を吸い、冷たい空気にひやりとした。


前の台でカザの職人が終わっている。


見なくても分かった。周りの者が、あちらへ顔を向けたからだ。


俺は最後の金具を収め、止め目を閉じた。


時計が止まった。


荷場長が数字を読んだ。カザの側が短かった。消費量も、狭い溝に限れば僅かに少ない。俺の胃が、重い物を受け止めた時のように下がった。


エルナは入口の方にいた。


彼女の目を見たくなくて、箱を整えるふりをした。勝ったら靴を見に行こうと話した相手の前で、負けるのは嫌だった。財布の額より先に、自分の背が低くなる気がした。


「次は、宿の者が使う」


荷場長の声がした。


俺は立ち上がった。まだ片づける時ではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。