負けるところも見ていろ
最後の夜、イェトが机へ突っ伏した。
眠ったのかと思ったが、声をかけると、うるさい、と返ってきた。指の付け根を額で押していたのだ。俺は湯を取りに立ち、途中で椀の底に削り粉が入っているのを見つけて洗い直した。
「もう出来たんですから、寝ましょう」
「触るなよ」
「寝ると言っています」
「寝ない奴がそう言う」
イェトは顔を上げ、試作の箱を自分の側へ引き寄せた。
俺は手に持っていた細い刃を、そっと置いた。あと一本、ほんの少しだけ線を削れば、速くなる気がしていた。既に一度、同じ考えで留めの幅を狭くした。今度は違うという説明も用意してあった。
彼にそれを見せるには、夜が遅すぎた。
箱の中には、柄が三種類入っていた。
先端は細いものと、短く丈夫なもの。両方とも根元の形を揃え、先を外す時には爪で引かず、留めを掌で押して回せるようにした。フェルドの割れた爪を思い出す。彼は今日、外の仕事へ短い時間だけ戻ったという。
試験用に使った小片の箱は、別に並べてあった。
何も入っていない透明な欠片が、下の方で重なっている。改良がうまくいった時にも、失敗した時にも、筋は同じようになくなった。その数を見ていると、明日は少しだけ神経質になってもよい気がした。俺たちが使った物に見合う結果を、実際に出したかった。
「お前は、負けたことあるか」
イェトが聞いた。
「この人生の分だけでいいですか」
「自慢なら短くしろ」
俺は笑い、椀を渡した。
「これで勝ちたいです」
彼は湯を飲み、顔をしかめた。熱すぎたらしい。俺が謝ろうとすると、掌で止めた。
「俺もだ」
簡単な答えだった。
彼は一度だけ箱の中を見て、蓋を閉めた。
翌朝の荷場には、宿の者たちが集まっていた。
上の道ほど寒かったらしく、入口には霜のついた荷袋が並んでいる。手袋を脱いで指へ息を吹く男、他人の湯へ勝手に手をかざす女。荷場長が説明を始める前から、誰の戸が何度外れたかを巡って言い合いになっていた。
カザは既に道具を並べていた。
黒い柄が、前より少し丸くなっている。握り直す位置に薄い木の印がついていた。セドはその脇で、使う鉄の留め具を数えている。手にはまだ布が巻かれていたが、顔色はよかった。
「今日は使わないの?」
俺が聞くと、彼は布を見せた。
「こっちから見れば、下手なところを先に見つけられる」
「僕の?」
「誰のでも」
彼は先に笑った。
奥の壁際には、フェルドもいた。
昨日まで使っていた照合板は外されていた。閉鎖の確認はテムが一人ずつ別の場所で済ませ、新しい開始用の台へ本人を繋ぐ線は一切ない。板の跡には、何もついていない木肌が見えた。
フェルドはそれを触ってから、こちらを見た。
「爪を使わなくなったか」
俺は留めを押して外してみせた。
「少し高くなりました」
「なら、元を取れ」
始めの鈴は、荷場長が鳴らした。
新しい台では、短く一度だけだった。フェルドの肩が動いた。俺は目を向けかけ、道具へ戻した。彼はそこに残り、自分で見ると決めて来ていた。
最初の課題は、朝から止めてある荷車の修繕だった。
輪を囲う木の裂け目へ、温めた薄い金具を差し込み、別の職人が打つ楔で留める。火床から移している間に金具が冷えれば、もう一度やり直す。昨日までの見本より、隙間の奥が深かった。
先にカザの工房が使った。
細い先が奥へ入る。道具を持つ職人は、手首を一度だけ返した。金具が吸いつくように向きを変え、楔を打つ小槌が三度鳴った。
終わり、という声がした。
俺は砂時計を見て、次に道具を見た。
速い。
それ以外に言うことがなかった。
カザは見物人の方を見なかった。自分の職人の指が柄から離れるところまで確かめてから、ようやくこちらへ目を向けた。
口元が、僅かに動いた。
どうだ、という顔だった。
俺は自分の番に立った。
最初の一つは、うまくいった。前よりも細くした先が溝を抜け、刻線へ力が通る。白い筋が動いた分だけ透ける。止め目を閉じ、職人へ金具を渡した。
二つ目で遅れた。
柄を返すところで厚い手袋が引っかかる。俺は親指を逃がし、少し外側から持ち直した。上着の背中が汗を吸い、冷たい空気にひやりとした。
前の台でカザの職人が終わっている。
見なくても分かった。周りの者が、あちらへ顔を向けたからだ。
俺は最後の金具を収め、止め目を閉じた。
時計が止まった。
荷場長が数字を読んだ。カザの側が短かった。消費量も、狭い溝に限れば僅かに少ない。俺の胃が、重い物を受け止めた時のように下がった。
エルナは入口の方にいた。
彼女の目を見たくなくて、箱を整えるふりをした。勝ったら靴を見に行こうと話した相手の前で、負けるのは嫌だった。財布の額より先に、自分の背が低くなる気がした。
「次は、宿の者が使う」
荷場長の声がした。
俺は立ち上がった。まだ片づける時ではなかった。




