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K ―背番号89―  作者: K2MA


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27/34

第27話 前へ

 二日、試合がなかった。

 台風が福岡の手前で速度を落とし、初戦は朝のうちに中止が決まった。


 翌日も、雨が残った。

 外野には水が浮き、内野にはシートがかかったままだった。


 フェニックスにとって、その二日は大きかった。

 ファーストステージを二試合。

 九回までゼロが並んだ試合の翌日に、もう一試合。


 そこから、移動もあった。


 高梨は中五日になった。

 打撃練習を減らした選手もいた。


 運がよかったと言う者はいなかった。

 それでも、身体は二日分だけ軽くなった。


 大島忠宗は、その二日をほとんど室内で過ごした。

 三十五歳の身体は、正直だった。

 休めるだけ休んだ。


    *


 同じ二日を、ファルコンズは映像室で使っていた。

 照明を落とした部屋に、バイソンズ戦とオーシャンズ戦が流れている。

 選手たちは、映像から目を離さず見ている。


「シーズン中とは違うな」


 フェニックスを一名ずつ分けた映像が流れている。

 大島の映像が映る。


「もともと守備の上手い選手だが、一段上に行った気がする」

「勝負強さも相変わらずですね」

「ここぞ、と言うときは勝負を避けていい」


 今度は竹田だった。


「こいつは変わった」

「配球、上手くなった気がする」

「いくつでしたっけ?」

「まだ二十三」

「安定感みたいなのを感じる」

「打線は今までのフェニックスバッテリーだと思うなよ」

「戸塚クラスが受けていると思って立とう」


 そして画面の中、Kが映っていた。


「見た目の奇抜さは関係ない」

「この紅いの、どこかで必ず出てくる。前は上下だったが、今は横もある」

「グングン成長してるな」

「前とは別の投手と思ったほうがいいな」

「こいつが投げた二試合、ウチは両方落としてる。ジンクスは信じないけどしっかり分析しないとな」


 捕手の男が言う。


「打つほうは、凄いんだけど未熟さ感じるな」

「未熟?」

「うん、何というか、若い。打ち気を隠しきれないっていうか」

「そこを捕まえればなんとかなるな」


 捕手の男が隣を見て言う。


「お前なら簡単だろ?」


 隣の男は答えずにモニターを見ていた。


 有馬健吾(ありまけんご)。

 二十八歳。

 今季十五勝、防御率一点台。

 最速一五六キロの直球に、カットボール、フォーク、カーブ。

 どれか一つで押し切る投手ではない。

 四つとも使えるから、一つも捨てられない。

 来季のメジャー移籍が報道されている大投手だった。


 分析は、遅くまで続いていた。


「よし、あとは、やることやるだけだ」

「滝川、頼むぞ」

「おう」


 王者は、二日を待つだけには使わなかった。


    *


 二日ずれた開幕の夜、球場は超満員だった。

 大型ビジョンに星取表が出る。

 ファルコンズの横には、白い丸が一つ。

 リーグ優勝チームに与えられる一勝だった。

 フェニックスは、まだ一度も負けていない。

 それでも、ファルコンズは一つ前にいた。

 今季、九ゲーム差。

 五年連続のリーグ優勝。

 その五年で、日本一が三度。


 大島は、その五年をずっと下から見てきた。

 四番に滝川祐希がいる。

 だが、滝川だけで五年は勝てない。

 一番から九番まで、全員が嫌なことをやってくる。

 それが、このチームだった。


「行くぞ」


 竹田がマスクを持った。

 高梨が先に歩いていく。


    *


 一回表、有馬の初球は一五〇キロだった。

 岩瀬が外角のストライクを見送る。

 二球目、カットボールはファウル。

 三球目が外れ、四球目の直球で、空振り三振。


 日下部は二球目を二塁へ転がした。

 二死。


 片瀬が四球で歩く。


 大島は打席に入った。

 初球のカーブを見送る。


 二球目、直球。

 振り切った。

 中堅手が数歩下がって、捕った。


 有馬は、普段と変わらぬ立ち上がりだった。


    *


 一回裏、高梨の三球目を水城が振った。

 左中間を抜ける。

 無死二塁。


 二番の大楠が、初球から右へ打つ構えを見せた。

 大島の前へ、打球が転がる。

 捕って、一塁へ。

 水城は三塁へ進んだ。

 一死三塁。


 野間に四球。

 球場の音が変わった。


『四番――滝川祐希』


 スタジアムが揺れる。

 滝川は、打席の土をならしていた。

 二ボール一ストライクからの四球目。


 センターへ高く上がる。

 早川が下がって、捕った。


 水城が走る。

 返球より先に、ホームを踏んだ。


 0対1。


 武藤を三振に取って、一点で終わった。

 ベンチへ戻る、竹田と高梨。

 大島も、その二人を見ながらベンチへ引き上げていた。


    *


 二回表、有馬が黒田と三好を続けて三振に取った。


 七番、K。

 スタンドの音が、一段上がる。

 Kが球界に現れて以来、代わらぬ光景だった。

 紅い防具が左打席に入った。


 有馬が投げる。


 外角の直球。

 カットボール。

 最後はフォーク。

 空振り三振。


 三者連続だった。


 二回裏、高梨は走者を一人出して、ゼロで終えた。


 三回表。

 竹田が右前へ運び、早川が送る。


 一死二塁で、岩瀬。

 岩瀬は、チームに忠実な男だった。

 相手に一球でも多く投げさせる。

 塁に出れば、ピッチャーが嫌がることをする。

「周りの選手を活かすのが僕の仕事です。それがチームですから」

 そうインタビューで言っていたこともあった。

 大島はそれを全うする岩瀬を何年も見てきた。

 ファルコンズもそれを知っている。


 だが、今日の岩瀬は違った。


 四球目。

 岩瀬が振った。

 左中間。

 外野が走る。

 届かない。

 竹田が三塁を回り、ホームを踏んだ。


 1対1。


 岩瀬は二塁に立ち、小さく拳を握っていた。


 その後は続かず、同点で終わった。


 三回裏、高梨が三人で片づけた。


 大島がベンチへ戻る。

 スコアボードには、一と一が並んでいた。


    *


 四回表、黒田が右前へ運び、三好が四球を選んだ。

 一死一、二塁。


 K。

 有馬は初球からカットボールだった。

 遊撃の正面。

 二塁、一塁。

 併殺。


 四回裏。

 滝川が右中間へ二塁打を打った。


 無死二塁で、五番の武藤。

 滝川との勝負を避けた投手が、この男とは勝負する。

 その打席を、武藤は何年も打ち続けてきた。


 二球目。

 センター前。

 滝川が三塁を回る。

 早川の返球は間に合わない。


 1対2。


 江口も右前へ運ぶ。

 無死一、三塁。


 さらに、矢崎の左飛で、武藤が還った。


 1対3。


 立花の打球が、大島の左へ来た。

 追いつく。

 二塁へ。

 一塁へ。

 併殺。


 二点で止めた。

 また、前を行かれた。


    *


 五回表。

 竹田が倒れ、早川が右中間を破る。

 岩瀬の二ゴロで、早川が三塁へ進んだ。

 二死三塁。


 日下部が打席に入る。

 足の速い男だった。

 打撃は、徹底して転がすことを美徳としている。

 だが、三回の岩瀬の打席が、日下部に静かな変化を与えていた。


 有馬が内を見せる。

 次は外。


 日下部は、どちらにも手を出さなかった。

 一ボール一ストライク。


 四球目。

 低い球に、バットが出る。


 日下部のスイングとしてはかつてない強振だった。

 だが、当たり損ねた。


 詰まった打球が、三塁線へ転がった。

 三塁手が前へ出る。

 日下部が走る。

 送球。


「セーフ!」


 早川がホームを踏んだ。


 2対3。


 日下部は、一塁で苦笑いをしていた。


    *


 五回裏。

 二死満塁。


 竹田が立ち上がり、一歩マウンドへ出る。

 高梨は、武藤を見ていた。

 竹田が足を戻す。

 そのまま、しゃがんだ。


 大島は二塁の守備位置から、それを見ていた。

 高梨は、シーズン最終戦で一回に四点を失った。

 それでも立て直し、その後を抑えた。

 ファーストステージの初戦も任されてゼロを並べた。

 チームの誰もが、高梨を信頼している。


 武藤への三球目。

 高梨のこの日、最速の球だった。

 高く上がった。

 左へ伸びる。

 片瀬が下がる。

 まだ下がる。

 フェンスの手前で止まり、捕った。

 三者残塁。


 大島はベンチへ戻ると、高梨が帽子を取っていた。

 真壁が、短く何か言う。

 高梨がうなずいた。


 五回、三失点。

 一点差だった。


    *


 六回表。

 大島が四球。

 黒田が倒れ、三好が死球で出た。


 一死一、二塁で、K。

 有馬はフォークで空振り三振を取った。


 ベンチへ戻ったKは、すぐには座らなかった。

 バットを持ったまま、マウンドの有馬をじっと見ている。

 三打席とも、仕留められていた。

 一度も、同じ形ではなかった。


 竹田も倒れる。


 六回、百四球、二失点。

 スタンドから、大きな拍手が落ちた。

 有馬はグラブを置いた。


 六回裏、園田は安打を一本許したが、ゼロで終えた。


 2対3。


    *


 七回表。

 ファルコンズは三浦に代えた。

 一五四キロまで出る右腕だった。

 有馬が降りても、打者が楽になるわけではない。


 早川が三振。

 岩瀬が左前へ運ぶ。

 日下部は右飛。

 二死一塁。


 次は三番、片瀬。

 片瀬は長距離打者ではない。

 それでも、伊丹と相沢が片瀬を三番に置く理由を、大島は知っていた。

 安定感だった。

 打席を論理で組み立て、結果を残す。

 そんな打者だった。

 だが、片瀬は今日、一本も打てていない。


 一ボール二ストライク。


 次、外の球にはバットを止めた。


 片瀬が打席を外す。


 これまでの投球を頭に巡らせる。


 一瞬、岩瀬、日下部が頭によぎる。


 片瀬は、考えるのをやめた。


 五球目。

 少し低い直球を、振り抜いた。

 右中間。

 二人の外野手の間を、打球が抜けていく。

 岩瀬が二塁を蹴った。

 三塁も回る。

 ホーム。


 3対3。


 大島はネクストで見ていた。


 岩瀬と手を合わせる。


 あの紅い防具が来てからの二か月半で、このチームは変わった。


 そんな気がした。


 その後、大島は左飛に倒れた。

 同点。


    *


 だが、七回裏。


 フェニックスは園田から吉村に変わっていた。


 吉村が水城に右前打を許し、大楠が送った。

 一死二塁。


 三番、野間。


 初球。

 野間が振った。

 センター前。

 水城が三塁を回る。

 早川は、ホームへ投げなかった。


 3対4。


 滝川に四球。

 武藤の打球は、大島の正面だった。

 二塁へ送り、一塁へ。

 併殺。


 一点で止めた。


 それでも、また前に出られていた。


 三回に追いついた。


 五回に、一点差まで戻した。


 七回に、片瀬が追いついた。


 そのたびに、次の回で取り返される。

 回を重ねるごとにフェニックスのベンチは重苦しくなっていった。

 大島も、その空気の中にいた。


 ちょっとした、チームの変化。


 そんなものが通用しないほど、ファルコンズは強い。


 そう思えてきた。


 Kが、一瞬こちらを見た気がした。

 気に留める余裕はなかった。


    *


 八回表。

 ファルコンズは左の松永を出した。


 黒田が二ゴロ。

 三好が三振。

 二死、走者なし。


 打席にK。


 初球、外角。

 見送る。


 二球目、内側。

 ファウル。


 三球目、低い。

 止める。

 一ボール二ストライク。


 四球目。

 Kが振った。

 センター前。

 歓声が上がる。

 Kが一塁を踏んだ。

 二塁へは向かわなかった。


 今日の初ヒットだった。

 Kは腰を落とし、両手をだらりと下げている。

 その姿勢でKはベンチを少し見た。


    *


 記者席で、榊原のペンが止まった。

 何かが引っかかった。


 Kが一塁にいるだけだった。


 腰を落としている。

 両手に力が入っていない。

 投手を見ている。


 榊原はノートへ目を落とした。

 何を書こうとしたのか、分からなくなった。


 もう一度、一塁を見る。


 見たことがある。


 そう思った。


 どこで。


 分からない。


 場内アナウンスが、竹田の名前を呼んだ。


    *


 竹田が四球を選んだ。

 二死一、二塁。


 九番、早川。

 チームの主役ではない、地味な男だ。

 だが、常に努力を継続しているのを大島は知っていた。

 居残り練習に付き合ったこともある。

 だが、努力だけでプロの試合に出られるほど、この世界は甘くない。

 なんとか食らいついているだけ、本人はそう言っていた。

 それでもたまにヒーローになれる、そんな瞬間が幸せだとも言っていた。


 松永の球を、早川が右へ運んだ。


 Kがスタートを切った。

 二塁を蹴る。

 三塁も回る。

 右翼からの返球より、先にホームを踏んだ。


 4対4。


 竹田も二塁を回っていた。


「行け!」


 三塁へ滑り込む。

 右翼からの送球。


「アウト!」


 三つ目だった。

 同点。

 それ以上は取れなかった。


 だが、フェニックスベンチは少しだけ息を吹き返していた。


    *


 八回裏。

 秋山が六番の江口に左中間を破られた。

 無死二塁。


 矢崎が送る。

 立花の犠牲フライで、江口が還った。


 4対5。


 三人で、一点だった。


 派手な得点ではない。

 二塁打、送りバント、犠牲フライ。


 六番から始まって、それで足りている。


 大島は、グラブの中で右手を握り直した。


 四番が怖いのではない。


 一番から九番まで、誰も休ませてくれない。


 追いついたところで、また同じことをやってくる。


 五年間、ずっとこれに負けてきた。


 三十五歳の身体で、あと何度これができるのか。

 大島は、その先を考えるのをやめた。


 九回がある。


    *


 九回表。

 ブルペンの扉が開いた。

 佐伯修平。

 スタンドが立ち上がる。

 今季三十八セーブ。

 一五六キロの直球と、フォーク。

 ファルコンズが一点を持って九回に入れば、ほとんどの試合はそこで終わってきた。


 先頭は岩瀬。

 四球目の直球を見送って、三ボール一ストライク。

 五球目をファウルにする。

 六球目が外れた。

 四球。


 岩瀬は一塁へ走りながら振り返った。


 日下部が、もう打席へ向かっていた。


 二球目。

 一五四キロ。


 振り抜いた。

 右前。


 岩瀬が二塁を蹴り、三塁へ。

 無死一、三塁。


 片瀬。

 佐伯の直球を、センターへ高く上げた。

 中堅手が捕る。

 岩瀬が走った。

 ホーム。


 5対5。


 日下部も、捕球を確かめてから二塁へ走っていた。

 送球はホームへ行く。

 一死二塁。


 四番の大島は、バットを持って打席へ向かった。

 球場が、一段大きくなる。


 佐伯が外へ外す。


 内へ入れて、ファウル。


 低い球を、大島は見送った。


 外の直球も、見送った。


 三ボール一ストライク。


 次は、大きく外れた。

 バットは動かなかった。


「ボール、フォア!」


 一死一、二塁。


 大島は、バットを渡して一塁へ走った。

 悔しくないと言えば嘘になる。

 三十五歳になっても、ここで打ちたいと思う。

 五年間、この球場で何度も負けてきた。


 しかし、何度も見てきた。

 自分が打てなかった日にも、点が入った。

 今日は佐伯から、一点返している。


 あとは、こいつらに任せるだけだ。


 大島は一塁を踏み打席を見た。

 打席には、黒田がいた。


 七年前、ドラフト。

 四球団競合でフェニックスが黒田を引き当てた。

 三割、三〇本。

 それが入団前に期待されていた数字だった。


 だが、入団後の成績がその数字を上回ったことはない。

 メディアもファンも黒田を叩いた。


 だが、黒田はひょうひょうとしているように見えた。

 何を考えているのか分からない、と大島は思っていた。


 黒田が二年目、数試合無安打だった。

 それでも、表情は変わらなかった。

 その夜、人のいないロッカールーム。


 黒田は泣いていた。


 大島は入口でそれを見た。

 声を掛けられず、すぐにロッカーを出た。


 大島は黒田の中に燃える小さな火を見たような気がした。


 今日のこの打席。

 相変わらずひょうひょうとしている。


 今、黒田が何を思ってあそこに立っているのか。


 大島には分からなかった。


 佐伯の初球。


 一五五キロ。

 ファウル。


 二球目、フォーク。

 見送る。


 三球目、内角。

 詰まってファウル。

 一ボール二ストライク。


 佐伯がセットに入る。

 投げた。


 黒田が振った。


 センター前。

 日下部がスタートを切る。


 三塁を回った。

 中堅手が前へ出る。

 送球。


 日下部が滑り込む。


「セーフ!」


 大型ビジョンの数字が変わる。


 6対5。


 球場の音が、一瞬遠くなった。


 この試合で初めて、前へ出た。


 黒田が一塁で右手を上げる。


 二塁の大島も、右手を上げた。


 続く三好が三振。

 Kが二ゴロ。


 追加点はなかった。


    *


 九回裏。

 柴崎がマウンドへ上がる。


 水城を二ゴロ。

 大楠に中前打を許し、野間を左飛。

 二死一塁。


 球場中が立った。


『四番――滝川祐希』


 大島は、二塁の深い守備位置で腰を落とした。


 一発出れば、サヨナラ。


 アウェーのスタンドは、このクライマックスで、滝川の一発を待っている。


 初球、直球。

 ファウル。


 二球目、低い。

 滝川は振らない。


 三球目、外。

 ファウル。

 一ボール二ストライク。


 竹田がサインを出す。

 柴崎がうなずいた。

 投げる。


 滝川が振った。


 強い打球が、ワンバウンドして二塁へ来る。

 大島は、身体を横へ投げ出した。


 捕る。


 立ち上がる。


 一塁へ。


 黒田のミットに、白球が入った。


「アウト!」

「ゲームセット!」


 手のひらに、打球の感触が残っていた。


 黒田がボールを返してきた。


 柴崎は大島を見ながら拳を突き上げた。


 竹田が立ち上がる。


 大島はボールを持ったまま、マウンドへ走った。


 ベンチから選手が出てくる。


 Kも走っていた。


 そのまま輪ができる。


 6対5。


 ファイナルステージ第一戦。


 始まる前からあった一つの差が、消えた。


 大島は、手の中のボールを黒田へ渡した。


    *


 東条グループ本社、会長執務室。


 モニターの中で、選手たちがマウンドの上に集まっていた。


 紅い防具が、その中にいる。


 東条一成は、手元の書類にサインを入れた。


 次の一枚をめくる。


 リモコンを取り、モニターを消した。


 次の書類に、Kの名前があった。

 一成は、そこにもサインを入れた。


    *


 記者席では、人が立ち始めていた。


 榊原は座ったままだった。

 書くことは、いくらでもある試合だった。

 ノートを閉じかけて、手が止まる。


 八回。

 一塁。


 K。


 腰を落とす。

 両手を下げる。

 投手を見る。


 榊原はノートを開き直した。

 スコアの下に、二文字だけ書いた。


〈一塁〉


 しばらく、それを見ていた。

 意味は、まだ分からない。


 ただ。


 あれを、どこかで見ていた。


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