第20話 顔
ペナントレースも、終盤に入っていた。
Kの正体探し。
ネットは、混沌としていた。
陰謀論のような動画は、相変わらず伸びていた。
だが、正体探しは一向に進展していない。
行き詰まっていた。
*
夜の編集部には、キーボードの音が二つしか残っていなかった。
榊原遼介も行き詰まっていた。
打者Kの存在が、思考を混乱させていた。
スイーパーもノイズだった。
いったん、これまでの取材の整理をすることにした。
*
世間が持っていなくて、自分が持っている情報。
それは、伊丹への取材だった。
広瀬和巳との類似点。
榊原はしばらく開かずにいた記事を開いた。
『広瀬和巳さん、少年野球教室で子供たちと交流』
六年前。
広瀬が引退した年の、冬の記事だった。
参加したのは、市内の小学生と中学生、およそ四十人。
榊原は、写真の子供たちの顔を見るのをやめた。
Kの顔は知らない。
見るなら、別のところだ。
今のKほどの球を投げる原石がいたなら、元メジャーの投手が何も言わなかったはずがない。
記事には、誰の名前も出てこなかった。
仮に、六年前に十一歳なら、今は十七歳。
百六十キロを投げて一軍で七回を投げ切るには、若すぎる。
市の少年野球連盟に参加者を問い合わせると、最年長は中学一年生が二人だけだった。
一人は、今年の夏に高校三年の外野手として県大会に出ていた。
もう一人は、中学の途中で野球をやめていた。
この教室に、答えはなかった。
広瀬がここで誰かと出会っていたとしても、この記事からは確かめようがない。
榊原は記事を閉じた。
*
ノートの新しいページに、これまでに見たものを書き出した。
二度目の登板。
四回のバント処理で、Kは一度、二塁を見た。
伊丹の言葉。
サインが決まってから、足を上げるまでの間。
広瀬はそこで一度だけ打者を見直した。
Kも、見ているように見えた。
そして、この一か月の打席。
オーシャンズ戦で、倉橋から同点打。
その後、四打席続けて凡退。
どの投手も、セットで長く持ち、プレートを外し、間を変えてきた。
Kはそれに崩された。
並べてみても、線にはならなかった。
本人は喋らない。
なら、打撃の崩れ方は、打撃コーチに聞くしかない。
*
翌日、試合前の取材エリア近くに、相沢征司の姿があった。
打撃コーチが記者の前で足を止めることは、ほとんどない。
榊原はグラウンドへ向かう相沢に声をかけた。
「少しだけ、聞きたいことが」
「Kの話なら、球団に聞いてください」
相沢は足を止めずに言った。
「経歴の話ではありません。打席の話です」
相沢がようやく止まった。
「一時期、四打席続けて凡退しました。どの投手も、長く持ってきた」
「そうですね」
「崩されていた理由は、何だったんでしょう」
「間を変えられて、崩れた。それだけです」
「よくあることですか」
相沢は少し考えた。
「日本の投手は、持つ時間を好きに変えますから」
相沢はグラウンドの方を見た。
「日本に来たばかりの外国人の打者が、最初によくやられる崩れ方でした。珍しいことじゃありません」
「Kも、そうだったと」
「崩れ方の話です」
相沢はそこで話を切った。
「今は、崩れてませんよ」
確かにKは、本塁打を打った。
それからは何度か代打で起用され、間を変えられても結果を残している。
相沢はそれだけ言って、グラウンドへ歩いていった。
*
編集部に戻り、榊原は相沢の言葉を原稿に起こした。
間を変えられて、崩れた。
日本に来たばかりの外国人の打者が、最初によくやられる崩れ方。
今は、崩れていない。
メモを整理しようと、ノートのページをさかのぼった。
二度目の登板の日付のところで、手が止まった。
海外?と書かれていた。
四回のバント処理の横に、自分で書いた疑問符だった。
この国の野球で何年も投げてきた投手なら、考える前に一塁を選ぶ場面。
Kはそこで一度、考えていた。
あのときは、それだけだった。
榊原は今日の相沢の言葉を、その横に置いた。
日本の投手の間に、崩された。
日本に来たばかりの外国人と、同じ崩れ方で。
投げる方では、この国の野球の当たり前を、いくつか知らないように見えた。
打つ方では、この国の投手の間に、慣れていないように見えた。
同じ方向を指していた。
日本の外で、野球を覚えた。
榊原は、そこで止まらなかった。
竹田の囲み取材を思い出す。
こっちの話は聞いてますよ。
Kは竹田の日本語に、その場でうなずき、首を振る。
ベンチでかけられた注文が、次の回の投球に変わる。
言葉は、通じている。
投球そのものも、独学ではない。
あのスプリットには、広瀬の手触りがある。
今の打者に合わせたスイーパーもある。
試合の途中で、投げ方を直せる。
誰かが、確かな知識で育てている。
榊原は、ページの一番下に書いた。
日本の外で野球を覚え、確かな知識を持つ誰かに育てられた、日本語を話す投手。
そして、広瀬和巳の指導を受けていた可能性がある。
どれだけ探しても、国内に経歴が見つからない。
その理由の一つには、なるかもしれなかった。
*
「海外?」
デスクは榊原のノートから顔を上げた。
「数年前に、日本の外のリーグで投げていた可能性を当たりたいんです」
「どこの」
「分かりません。独立リーグか、冬のリーグか」
「雲をつかむ話だな」
「はい」
デスクはしばらく黙っていた。
以前なら、そんな暇があるなら名前を持ってこい、と言った男だった。
「三日やる」
デスクはノートを返してきた。
「三日で何も出なけりゃ、戻ってこい。試合の原稿は、ほかの奴に回す」
*
一日目は、大きな球団の下から当たった。
アメリカのメジャーリーグの傘下にある、二軍、三軍にあたるリーグ。
海外のプロリーグの、下部組織。
そこと契約していた選手が日本の球団へ移るなら、必ず記録が残る。
契約の解除。
移籍の手続き。
リーグの公示。
フェニックスがこの五年で海外の球団から獲った選手は、三人。
三人とも、外国人選手だった。
Kの登録の公示には、前の所属が書かれていない。
下部組織の名簿も、五年分さかのぼった。
日本出身で、右投げ左打ちの投手は、ほとんどいない。
いた数人は、全員、今どこで何をしているかが分かった。
大きな球団の下に、Kはいなかった。
二日目は、その外へ出た。
独立リーグ。
冬や夏の短い期間だけ開かれるリーグ。
名簿が残っていないリーグの方が、多かった。
残っていても、名前だけ。
背番号も、年齢も、書かれていない。
記録では、探せない。
榊原は、探し方を変えた。
残っている試合の映像を、片端から開く。
配信の録画。
球団が上げた短いハイライト。
観客が撮った動画。
日本人らしい投手が映っているものを、一本ずつ見ていく。
まさに、雲をつかむ話だった。
二日目の夜が明けても、見つからなかった。
*
三日目の夜だった。
北米の独立リーグの、ある球団が上げていた古い配信の録画に行き当たった。
四年前の日付。
再生回数は、二桁しかない。
観客のまばらな、小さな球場だった。
外野のフェンスに、手書きのような広告が並んでいる。
音声には、実況も入っていない。
四回。
マウンドに、細身の投手が上がった。
足が上がる。
腕が出る。
直球。
球場の表示は、九十一マイル。
百四十六キロほどだった。
Kほど速くはない。
次の打者。
捕手がサインを出す。
投手がうなずく。
足を上げる前に、一度だけ、打者を見た。
短い間だった。
それから、投げた。
打者の手前で、球が沈んだ。
空振り。
榊原の腕に、鳥肌が立った。
映像を戻す。
サインが決まる。
うなずく。
打者を、見直す。
投げる。
沈む。
もう一度、戻す。
サインが決まってから、足を上げるまでの間。
伊丹が止めさせた場所と、同じだった。
榊原は、日付をもう一度見た。
四年前。
広瀬が引退して、二年後。
亡くなる、二年前だった。
四年前なら、広瀬和巳はまだ生きている。
この投手に、教えることができた。
投手がマウンドを降りるとき、背中が映った。
榊原は、画面に顔を近づけた。
粗い画質の中で、背中のアルファベット三文字だけが読み取れた。
ONO。
下の名前は、ない。
榊原は、映像の中から分かることを拾っていった。
マウンドの前で並んだとき、捕手より頭半分ほど高い。
恐らく、百八十五センチ前後。
肩も腰も、まだ薄い。
今のKより、ずっと軽い。
鮮明ではない。
だが、帽子の下の顔には、幼さが残っているように見えた。
十代の終わりか、それより少し前かもしれない。
それが四年前なら、今は二十歳を少し過ぎたあたりになる。
直球は、今のKより十キロ以上遅い。
それでも、この間と、この落ち方があった。
この数年で、誰かがこの投手を今のKにしたのだとしたら。
榊原は、ONOという名字を、いくつもの書き方に置き換えて探した。
小野。
大野。
日本中にいる名字だった。
四年前に海を渡ったという記事も、帰国したという記事も、出てこない。
名字だけでは、どこにも着かなかった。
榊原は、投手が次の打者を待つ場面で、映像を止めた。
帽子の下に、若い顔がさっきより大きく映っていた。
画質は粗い。
それでも、目も口も分かる。
顔は、映っていた。
ただ、Kの顔を、榊原は知らなかった。




